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人間は相対的に評価する(参照依存性と損失回避性の話)

この記事では、行動経済学の基礎的な概念である参照依存性損失回避性について簡単に説明していきます。

確証バイアスの記事と同様、以下のテキストを参考文献として私の解釈でまとめています。

人はどうやって物事を評価するか

人は物事を評価する際、多くの場合、絶対評価ではなく相対的な評価を行います
たとえば、何らかの商品の購入を検討する際は価格、サイズ、品質、機能などの何らかの観点を持ったうえで各商品を比較し、良いか悪いかを判断します。

そのことを念頭に次の例を見てみましょう。

効用関数は万能か

田中さん:昨年の年収は800万円だったが、今年は600万円だった
佐藤さん:昨年の年収は300万円だったが、今年は400万円だった

以前の記事で言及した通り、経済学では効用関数u(x)を使ってその人の豊かさ、望ましさを導き出します。ここでは金額以外は捨象されていますから、u(600) > u(400)となり、田中さんの方が幸せであると結論できそうです。

しかし、あなたが田中さんや佐藤さんだったとしてどちらの方が幸せに感じそうでしょうか。年収の絶対値は少なかったとしても佐藤さんの方が幸せであると感じる方が多いはずです。理由はシンプルで、田中さんは昨年比で減少しているのに対し、佐藤さんは昨年より年収が100万円アップしているからです。

評価基準となる参照点

佐藤さんが自らの幸せを評価する際も相対的に評価を行います。相対的に評価する際の基準を参照点(reference point)と言い、今回のケースでは「昨年の年収」が参照点になるわけです。
このように参照点を基準として評価を行う人間の特性を参照依存性(一般的には参照点依存性と呼ばれる)(p.47)と言います。

これが仮に社会人1年目だった場合(過去実績がない)、同期の年収や社会人1年目の平均年収が参照点になることになります。

また、たとえば佐藤さんの競争意識が高かったり、「あなたの年収は世間一般と比べて高いか?低いか?」というフレームで聞かれれば、過去の年収は参照点として機能しなくなる可能性があります。

このように、参照依存性はフレーミングやコンテキストに依存するため、「参照点の値が何か」よりも「参照点が何になるか」という問いに答えることの方が重要であるといえます。

ここでちょっと横道にそれます。
行動科学×マーケティングの記事でご紹介した書籍にも書いていましたが、マーケティングではいかなるフレームで顧客にメッセージを届けるかが肝要になってきます。意思決定はコンテキスト(環境)やフレーミングに左右されるわけですが、マーケターとしてコントロール可能なのはフレームだけだからです。

参照依存性という人の特性を理解した上で顧客とのコミュケーション施策を考えれば、よりよい結果が出てくるかもしれませんね。

人間らしさのモデル化

さて、参照依存性の概念は何となくわかりましたが、従来の効用関数で表現できなかった"人の幸せ"をどうモデル化すればよいでしょうか。

答えは簡単。単純に参照点を効用関数に含めればいいだけです。このような効用関数を参照依存効用関数(reference-dependent utility function)と言います(p.46)。以下の数式によって効用を求めることができます。

u'(x) = αu(x) + u(x-r)
(αは定数)

絶対評価の重みづけを0(α=0)と仮定すると、田中さんはu(600-800) = u(-200)、佐藤さんはu(400-300) = u(100)となり、佐藤さんの方が幸せ度が高いと判断できます。評価における"人間らしさ"をモデル化したものが参照依存効用関数なのです。

損失は利得よりも大きい

物事に対する人間の評価に関連して、重要な概念を一つ紹介します。

行動経済学を学ばれている方はもう100回くらい聞いたかと思いますが、損失回避性(loss aversion, loss-averse)について簡単に説明します。これは、「1,000円得る喜びよりも1,000円失う悲しみが大きい」というように、得ることよりも失うことを過大に評価するという人間の性質*1です。

先ほどの参照依存効用関数で表現するならば、ある任意の値gに対し、以下が成り立つことになります(p.47)。

u(-g) < -u(g)

これは「gを失う悲しみは、gを得た喜びよりも大きい」ことを意味します。このあたりは「プロスペクト理論」というワードで調べてもらえばわかりやすい記事が出てくると思うのでそちらをご覧ください。

またまた横道にそれますが、マーケティングの文脈で言えば、顧客に対してメッセージを送る際、商品・サービスによって「何かを得る」ことを伝えるのではなく「何かを失わくて済む」ことを伝えることで顧客の評価がいい意味で変わるかもしれません。
一概には言えませんが、一つのテクニックとして覚えておいて損はないでしょう。

所感

いつもはここで「実務への応用を考えてみた」みたいなことを書いていたのですが、今回はちょっとお休みさせてもらいます。

行動経済学の有名な概念で「保有効果」というものがあります。その「保有効果」という現象の要因となる人間の性質が今回紹介した「参照依存」と「損失回避性」です。他の認知バイアスにも関連があったりするので、このような基礎的な概念を抑えることも大切ですね。

あと、こうして文章にしてみることで行動経済学の基礎となる考え方を改めて認識できたのでよかったです。

次回はまたもや「行動科学×マーケティング」をテーマに何か書こうと思います。それでは。

*1 脳科学辞典 - 損失回避


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