"Mindstates"に対する行動科学的マーケティング
少し前にAmazonで興味深い書籍を見つけてしまいました。
その名も『Marketing to Mindstates: The Practical Guide to Applying Behavior Design to Research and Marketing』。名前からしてイケてます。
ということでこの記事では、『Marketing to Mindstates』をごく簡単に紹介するとともに、Mindstates(後述)の概念を用いた具体的施策について私見をまとめていきます。
現代人とマーケティング
現代では、TVだけではなくWebサイトやスマートフォンのアプリなどあらゆる場所で広告を目にします。
それらの広告すべてに関心を持って購入を検討する人なんてまずいません。広告が溢れる中で生活する現代人は、"無意識"に大量の広告をフィルターして無視しているのです。
そのフィルターを破るために、奇をてらった内容・手法で商品を宣伝したり、大胆な値下げを行ったりすることがあります。しかし、前者は必ずしもCVにつながらない点、後者は競合との不毛な価格競争になりうる点で問題がありそうです。
そのような表層的な施策に終始することなく、消費者の行動や心理を科学的に分析・理解し、消費者の意思決定に大きく作用する"mindstate"をいかに活性化させるかが重要となります。
mindstateとは何か
mindstateの定義については本書から引用します。
a mindstate is a temporary state of mind in which we’re under high emotional arousal.
出典:Leach, Will. Marketing to Mindstates: The Practical Guide to Applying Behavior Design to Research and Marketing (p.17). Lioncrest Publishing.
mindstateとは、特定の感情が喚起された一時的な心理状態のことです。mindstate=心理状態という解釈で問題ありません(本書では詳細に説明がされていますがここでは省略)。
人間はこのmindstateによって選好や行動、価値観が変わるため、消費者がいかなるmindstateで商品・サービスと出会うかを行動科学的に設計することが肝要です。
ちなみに、本書では18種類のmindstateが紹介されており、それぞれについてトリガー、選好、信念、価値観などが説明されています。
例えば、Optimistic Achievementは、自ら設定した目標を達成しようと奮起している状態であり、このmindstateにいる人に対しては目標を進捗させる情報、あるいは目標到達の障害を取り除くための情報を提供することが有効とされています(本書, pp.224-5)。
人間の特性
「なぜこの商品を選んだか」、「なぜ○×したか/しなかったか」という問いに対し、人間はそれらしい答えを出します。
しかしながら多くの場合、人間は自身の行動を"事後的に合理化"しています。つまり、意思決定した時点で明確な理由を持っていない場合が多いのです。
このような人間の不合理さに関連して、システム1(直観的な思考)、システム2(熟考)についても言及されています。これについては行動経済学の名著を読んでみてください。
また、人間の意思決定は環境・文脈(context)によって大きく左右されます。
具体的には、場所、環境(人)、感情、フレーミングの四つです。
この内、消費者の場所や環境、感情はマーケターが変えることはできませんが、フレーミングだけは変えることができます。したがって、マーケターが商品・サービスに関するメッセージをいかなるフレームで表現するかが重要となります。
フレーミングの具体例として、ペプシとポテトチップスをペアにして販売する例が挙げられています。単に「セット割引」とするのではなく、人々がより罪悪感を感じる商品のみに対して割引を行う方がより高い売上につながったそうです。ちなみに、この手法はhedonic bundlingと言われるものです。
たとえば、ペプシ150円、ポテトチップス200円を-50円の300円で売ります!と言うのではなく、より罪悪感を感じるペプシ(アメリカの人はそういう感覚らしい?)が-50円になります!と言った方が消費者の心理的にも買いやすいようです。
mindstateに対するアプローチ
本書では、mindstateに対するアプローチとして以下のプロセスを説明しています。
1. 意思決定のトリガーポイントを見つける
意思決定の際に消費者がどのような環境にいるかを特定する
2. mindstateを特定する
トリガーポイントにおける消費者のmindstateを特定する
3. mindstateを活性化する
行動科学的なテクニックを用いて無意識のうちに意思決定を操る
(4. 必要であればmindstateを生み出す)
出典:Leach, Will. Marketing to Mindstates: The Practical Guide to Applying Behavior Design to Research and Marketing (p.63). Lioncrest Publishing.
※筆者が和訳
行動科学×マーケティングをいかに実践するか
ここでは、上述の「mindstateに対するアプローチ」に沿いながら実際にどのような施策が考えられるか、個人的な意見をまとめていきます。
・トリガーポイントの見つけ方
意思決定または検討する際に消費者が置かれているトリガーポイント(context)を把握する方法を考えます。
オフライン店舗ならまだしも、オンラインでトリガーポイントを把握するのはかなり難しそうです。お客さんが目に見える訳でもないですしね。もはやストレートに聞いた方がよいのでは?
ECサイト訪問後、特定のアクション(商品検索時、商品をカートに入れる)をとったタイミングで「アンケートにご協力いただいた方は5%ポイント還元!」とインセンティブを付し、サイト訪問の背景、探している商品など聞き出すのはどうでしょう。
結局、どれだけクリックされたか、商品が購入されたかなどは計測可能ですが、その背景まで把握できていないことが問題の一つとしてあると思っています。そうであれば、こちらから聞いてしまうのも方法としてなくはなさそうです。
ちなみに、上述の内容と若干方向性が違いますが、サイト閲覧中にNPSと自由記述のコメントをユーザーに入力してもらうCXマネジメントのサービスがあったので紹介しておきます。
https://www.wootric.com/
・mindstateの特定と活性化
これはなかなか難しそうです。
上述のアンケート+会員IDに紐づいて保存されているそのユーザーの特性を基にmindstateを推定するのはどうでしょう。
たとえば、元々利他性の高い人*1が自分用の高額な買い物をしようとしている場合、mindstateが「罪悪感と他者への貢献意欲」になっていると推定します。
その場合、ECサイト上で家族や友人向けのささやかなプレゼントの購入を促してみます。若干の罪悪感を感じているその人は、その気持ちを打ち消すと同時に他の人に喜んでもらおうとしてすんなり買ってしまうかもしれません。
商品に対する趣味嗜好だけでなく、その人自身の気質や心理状態に基づいたレコメンデーションというのも可能性ありそうですね。
*1 ユーザーの気質を知る手段として会員登録時に性格診断するのはどうでしょう。良いか悪いかはともかく斬新。離脱率上がっちゃいそうですけどね。
さいごに
この記事を書き終える直前に気づいたのですが、本書に関連する資料が以下からダウンロードできるようです(氏名とメールアドレスの入力が必要)。興味のある方はダウンロードしてみてください。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?