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探索ヒューリスティクスとその応用

人間は複雑な選択や決断を迫られたとき、わからないなりにも何らかの答えを出そうとします。このとき、私たちは問題をいかに単純化して答えを導き出そうとしているのでしょうか。

この記事では、日々の意思決定において使われる探索ヒューリスティクスについて従来の経済学と対比させながら説明するとともに、「その概念を現実世界にどう応用するの?」という問いに対し、自分なりの意見をまとめていこうと思います。

日常における意思決定 -あなたはどの食パンを買うべきか?-

たとえば、あなたは朝食にパンを食べるタイプの人だとしましょう。

スーパーに足を運ぶと、普通の食パンだけでなく、くるみ入り、レーズン入り、ライ麦入りなどなどいろんな種類の食パンが目に入ります。食パンを1パック選ぶにもその選択の過程でさまざまなことが考えられます。

いつものを買うべきか、くるみ入りにするか、一番安いやつものにするか、そもそも食パンでなくてもよいのではないかなどなど、考えればきりがありません。

しかし実際は、食パンを買う際に考えうるすべての選択肢を検討するわけではありません。多くの場合「いつもの買うか」という考えが浮かび、いつものように買うだけです。この場合は「何を買うべきか」という問いを「頻繁に買っている種類はどれか」という問いにすり替えたわけです。

このように、複雑な問題に対して直感的に答えを出す方法をヒューリスティック(heuristic)と言います。 「認知的近道」という表現が個人的には好きです。ちなみに、ヒューリスティックの複数形がヒューリスティクスです。

ヒューリスティックスとは、人が意思決定をしたり判断を下すときに、厳密な論理で一歩一歩答えに迫るのではなく、直感で素早く解に到達する方法のことをいう。
ヒューリスティックスとは - コトバンク

すべての意思決定であらゆることを検討してしまうとあまりに複雑で時間がかかりすぎてしまいます。そのため、人は状況に応じて何らかのヒューリスティックを用いて直感的に答えを出しているのです。

従来経済学による意思決定の捉え方

従来の経済学*1では、人の意思決定を効用関数(utility function)によって明らかにしようとしていました。

人は自らの効用を最大化するように行動するのであり、それは各自が持つ効用関数に基づいているという考え方です。 いま、あなたの食パンに関する効用関数は「所持金」、「おいしさ」、「健康度」で求められるとしましょう。 あなたの意思決定と効用の関係を以下のように示すことができます。
※具体的な計算方法は省略しますが、ある一定の計算式に基づいて効用が算出されていると考えてください。

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なるほど。あなたは自らの効用を最大化するように意思決定しますから「くるみ入り食パン」を選ぶわけです。 あなたが自分自身の効用関数を知っていたら、ですけどね。

従来の経済学では、上述のような計算によって人の意思決定を定量的に捉えようとしていますが、現実的には、あなた自身でさえ何が効用を最大化するのかを知らないのです。

*1 「従来の経済学」なんて言うと経済学者の方に怒られるので補足しますと、「限定合理性を仮定しない合理的経済人による意思決定を想定した経済学」が正しい表現となります。

行動経済学による意思決定の捉え方

あなたは商品について完全に情報を有していないし、あなた自身の効用関数さえも理解していません。 合理的な意思決定をするためにはまず意思決定のための情報を集める必要がありそうです。意思決定にあたって情報を取捨選択するヒューリスティックを探索ヒューリスティック*2(search heuristic)と言います。

なお、以降説明する探索ヒューリスティティクスについてはBehavioral Economics (Routledge Advanced Texts in Economics and Finance Book 30)を参考にしています。

・全探索

一番シンプルな方法は、どれがその人自身の効用を最大化するかすべて試してみることです。

普通の食パン、くるみ入りの食パン、レーズン入りの食パン、すべての食パンを食べたうえであなたが主観的に一番満足できた食パンを見つけ、それ以降の意思決定の際にそれを選択するようにするのです。今回は例が少ないから問題はなさそうですが、実際はもっと多くの選択肢があるはずなので全探索は非常にコストがかかる方法であることがわかります。

・Satisficing

Satisficingは、人はその人自身がある程度満足できるような願望水準(aspiration level)を持っているものと想定し、その水準を満たすまで探索を続けるという考え方です。

あなたが「ある程度おいしければいい」という考えで意思決定をしようとすると、それがあなたの願望水準となります。すべてを探索して決定するのではなく、水準を満たす度合が相対的に大きければそこで探索を終了し意思決定を終えるのです。

あなたは普通の食パンを食べた後、くるみ入りまたはレーズン入りの食パンを食べた段階で選択を決定するでしょう。今回の例は選択肢が少ないですが、食パンと比べて相対的に「おいしい」食パンを見つけた段階で探索終了となると考えられます。

・Directed cognition

Directed cognitionはSatisificingよりもシンプルな方法で、情報を収集する各機会を、最後の意思決定であるかのように扱う方法です*3。

仮に普通の食パンについてだけ試行済みで情報を得ていたとすると、あなたはあなた自身に「代わりの食パンを試行すべきであろうか。もしすべきならどれを試行すべきか?」と問うことになります。

将来の探索まで考えてしまうと、「くるみ入り食パンを試すべきか、もし試しておいしかったとして次は・・・を試行すべきか、おいしくなかった場合は・・・」と複雑になってしまうのです。

・Elimination by aspects

Elimination by aspectsはさきに述べたものとは異なり、特定の観点をもとに各選択肢を比較する方法です。

例えば、価格という観点をもとに各選択肢を比較してその大小で順序付けすることができます。しかしながら、Elimination by aspectsはあらかじめ各選択肢について情報を保持していることが前提となっています。価格なら問題なさそうですが、「おいしさ」は試行しないとわからないため試行前に比較することは困難です。

ちなみに、上述のヒューリスティックは完全に独立しているわけではなく、人はそれらを複合的に用いて判断を行います。また、同じ人であってもcontextによっても使い分けるため、常に同じヒューリスティックを使うというわけでもありません。

*2 search heuristicの邦訳が見つからないので勝手に名付けました。
*3 この概念についてはこの論文に詳細が書かれているので興味ある方はぜひ。ちなみに私は理解できませんでした。

探索ヒューリスティクスの応用を考える

ここからは完全に個人的な意見をまとめていきます。

contextによって使うヒューリスティックは変わってきますが、逆に言うと同じcontextでは同じようなヒューリスティックで判断するはずです。現に私はファミレスではいつもSatisficing強めでパパっと判断していますが、服を選ぶ際は非常に慎重に選んでいます。

これをECサイトで考えてみます。
例えば、ECサイト上のログを見てみると各商品を一つずつ、かつ大量に閲覧しているユーザーがいるとします。この行動ログから、この人は「Elimination by aspects強めの人」と推定し、当該ユーザーIDにElimination by aspectsという属性を紐づけて保存してみます。

そのような場合、次回訪問時に商品比較が容易なUIをデフォルトで表示させてあげるという施策が打てそうです。イメージとしては価格.comのUIでしょうか。
反対に、Satisficing強めであれば売れ筋商品やパーソナライズされた商品が直感的に視覚できるUIがよいはずです。このような人に細かな商品比較を想定した非直感的なUIを提供してしまうと認知負荷が高くて離脱するなど、決定麻痺が生じる可能性もあります。

とここまで考えて思いましたが、行動経済学の知識だけでなくデザインやUX, CXに関する知識・スキルもあった方がよさそうですね。行動経済学だけで考えても真に正しい施策にならないような気がします。難しいですね~。

参考文献

Behavioral Economics (Routledge Advanced Texts in Economics and Finance Book 30)

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