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あこがれの北朝鮮①

マト子、32歳の冬。


その頃、私はファッション業界で働いていた。

ファンキーで英語ペラペラな女社長に、オシャレが大好きな女性スタッフたち。
とても華やかで活気のある職場であった。

そんなオシャレな会社に、私は毎日、全身ユニ○ロで通勤していた。
よくそんな場違いなのを雇ったなと思うが、ともかくそこの事務員として、ひっそりと働いていた。


入社して2年目。
社員旅行で、人生初めての韓国へ行くことになった。
しかも現地では各々自由に過ごしてOKだという。

社員旅行が決まってからというもの、社内では連日、オシャレな観光スポットの情報が飛び交うようになった。
オシャレな人々が注目するオシャレな観光スポットにこっそり乗じさせてもらおうと思ったが、どれもこれも今ひとつ興味が持てない。
私だけが何の楽しみも見つけられないまま、ひとり取り残されていった。

オシャレな人に乗っかって、あわよくば自分もオシャレに染まりたいという浅ましい計画が打ち砕かれ、あきらめて観光雑誌を買って家に帰る。

そして、発見したのだった。
思わず目が釘付けになるほどの、お目当てを。




「  南北軍事境界線ツアー 」



好奇心の、爆発する音が聞こえた。


南北軍事境界線というのは、韓国と北朝鮮を分ける事実上の国境、北緯38度線付近を指すらしい。
その境界線上には、南北会談の場として用いられる板門店という建物があり、ツアーでは何とこの板門店の中まで見学できるという。


そんなディープな場所に行けるなんて!!


テンションが抑えきれずに小躍りしたのも束の間、ツアーの参加条件なるものが目に入った。
簡単にいえば「死んでも文句言いません」的な紙にサインした者しか参加できないそうだ。
「でしょうね」と納得した私は、すぐさまツアーに申し込んだ。
申し込みが無事完了したので、正式に小躍りに励んだ。



だが、ふと我に返る。


「え、これ、社員旅行の自由時間に行っていいやつ?」



そうだった。
社員旅行だった。


いくら自由行動とはいえ、まさか命に関わるほど自由に行動するとは上層部も予期していないであろう。

会社側に反対される可能性はあるが、いざとなれば社会勉強という名目で押し切ってしまおう。うん、そうしよう。


数日後。
その時は思いの外すぐにやってきた。
お昼休憩の際に、とある女性スタッフが何気なく話しかけてきたのだった。

「社内で色んな観光プラン出てますけど、マト子さんはどのプランに参加するんですか?」

私は心の中で、
「それでは発表いたします」と唱えた。
そして言った。




「 私は、南北軍事境界線に行きます。」



その場にいた、全員が振り向いた。


つづく


【 後記 】
思ったより長くなってしまいました。
②か③には完結させるつもりです。
軽い気持ちでお付き合い頂けると幸いです。
最後まで読んで頂き、どうもありがとうございました。

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