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#極短編小説

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2020年3月の記事一覧

エレベーター

エレベーター

「私、ですか?」
まさかと思うが、一応先輩に尋ねた。いくら自分が太っているとはいえ、先輩と2人で重量オーバーになるなんて考えられない。
「ちがう、ちがう」
先輩は無邪気に笑い、そして再び到着したエレベーターに乗り換える。私は緊張しながらその後に続いた。
当然ブザーはならなかった。先輩は目的の階のボタンを押し、不思議そうな私を見る。
「たくさん乗ってたのよ、さっきは」先輩が足元を指さした。
「あのエ

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車中泊

どれぐらい寝ただろうか。短時間に感じるが、案外長い時間が経っていたのかも知れない。まだ暗い。
運転席に置いてある携帯電話を手探りで探す。
4時過ぎ。起きるには早い時間だが、尿意に抗うことは出来ない。仕方なく、寒い車外にでた。
公衆トイレに入ってから、トラックのドアが閉まる音が聞こえた。
用を足したあと、その持ち主に声をかけられた。
「にぃちゃん、寝られんかったやろう。あの女一体なんやねん.....

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エスカレーターの独り言

良い子ちゃん達。
エスカレーターの手すりを滑り台代わりにして遊んではいけません。危ないですよ。

良い子ちゃん達。
エスカレーターは逆に乗ったり降りたりしてはいけませんよ。

良い子ちゃん達。
エスカレーターの周りや手すりの巻き込み口では遊ばないようにしましょうね。

良い子ちゃん達。
エスカレーターにふざけて乗らないで下さいね。
怪我をしても皆さんが悪いのですからね。

怪我をしてもかまわないと

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男のいい事

男のいい事

男はコンビニに立ち寄った際に、小学生の男児がキャンディーバーを万引きする様子を見てしまった。

見なかったふりをしようと思ったが、男児の為にならないと思い、彼の後を追いかけ、声をかけた。

「ポケットに入っているものを出しなさい。私がお店の人に言って返しに行く」

はじめ、しらを切っていた男児であったが、男に圧倒され、だんだん目に涙が浮かんで来て 「ごめんなさい」と言いながらポケットから菓子出して

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だから何?

だから何?

「水温を測っていない水道水に、熱帯魚をいきなり入れたらどうなる?」
「さぁ。死んじゃうかな」
「そう。最悪死ぬね」
なんとなくだが、父の言いたい事はわかる。けれど、まわりくどい言い方に私は内心イライラしてきた。
「それと同じことさ」
「だから何?」と言うのは降伏するみたいで言いたくない。
「だから何?」
「俺はね、無理をしてそんな事をしなくてもいいって思ったの」
もう一度、心の中で「だから何?」と

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ギリギリだよ。

ギリギリだよ。

「二十歳になったら死のう」
その言葉は嘘なんだよ。
誰にも言っていないけれど、いや、だからこそ、僕はそれができないまま、2年が過ぎた。

一日をやり過ごさなければならないのかという憂鬱に、僕は目を覚ます度に支配される。
感じるのは、大きな「他人」の敵意と悪意の塊。
それは僕の頭の中で飛び交う、過去の彼らの陰口と嘲り。

僕自身の妄想が僕を殺しにかかってくるのに、それに抗うのも僕。

実際に命を落と

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誤差で済ませよう

誤差で済ませよう

またかよ。毎日毎日、勝手に飛び込みやがって。
俺達の事も考えてくれよ。

それが本音。
先輩だってそう思っているだろう。

「何も考えずに、回収しろよ」

流石に慣れているのか?この人が愚痴を言っているのを聞いた事がない。

「今日は何人だっけ?」
おかしな事を言う。
「1人です」

「これは手の指だよな?数えてみろよ」

嫌な作業だ。でも、きっちり数えなきゃならない。
繋がっているものと、バラバ

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どこに行くかわからない

どこに行くかわからない

私が目を覚ますと、
どこかで見たことがあるけれど、
どこかわからない街に私はいた。
夜明けとも夕暮れともいえる時間帯。
どっちつかずの薄明りの空に不安を感じた。

私は家族に会うために来た。
母には怒られるかもしれないけれど、
流石に許してくれるだろう。

ただ、ここがどこなのか見当がつかない。
幸い、近くに男の人がいた。

私は、やっとの思いで立ち上がった。
体中が痛い。

「ここどこですか?」

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先に生きるって。

先に生きるって。

「北川さんて先生っぽいな?」

休憩所でタバコを吸っているところ。
どんな流れかは忘れたけれど、
そう言われた。

「俺が先生になったら、生徒に舐められるわ。向いてへん」

「そうかなぁ。見た目なんかそんな感じやで」

「育ちがええからなぁ。先生にしとくには、
もったいないぐらいや」

くだらない。
叶えなかった夢を、茶化して言う俺は最低だ。

「あたしの学校にはええ先生おらんかった。
北川さんみ

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