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【青年海外協力隊ベトナム日記 2006〜08】 第13話 ひとつの輪

学生たちに誘われて町が一望できる郊外の丘の上にある公園に行った。

ここで何をするのかと思っていたら、彼らはハンカチ落としや鬼ごっこのような遊びをしたり、ひとつの輪になって歌ったりといった小学校のお楽しみ会のような遊びをしだした。

大学生がやって楽しい遊びなのだろうかと思っていたがみんなとても盛り上がっている。
一緒に遊んでいるうちに私もなんだか楽しくなってきてしまった。

ベトナムに来たばかりの頃は毎日が新鮮でどきどきわくわくしていたことも、いつの間にか当たり前の日常の生活になってしまい、最近はどこに行っても何をしてもマンネリ化して心揺さぶられるようなことはほとんど無かったけれど、自分の気持ち次第でいくらでも楽しくなれるのだということをあらためて学生たちに教わった気分だ。

ところで、みんなでひとつの輪になって歌を歌う。

一見みんな楽しそうにしているのだが実際はどうなのだろう。
大学生にもなればそれぞれいろいろな考え方を持っているに違いない。
中には歌を歌うのが好きではない子がいるかもしれない。
中には一人でいる方が楽しい子がいるかもしれない。

後日個人的に何人かの学生に聞いてみたら、やはり本当は一人で静かにしている方が好きだと言う子もいた。
けれどこの輪の中ではその場の雰囲気に逆らわないようにみんなに合わせる。
まあ輪になって歌を歌うくらいのことなら別に誰でもそうするだろうし、またそうして当然のことだろうが。

この町のベトナム人たちはここが田舎町ということもあるためか、私からするとまるで町中皆が親戚、学校は皆が家族、同級生は皆兄弟のような関係に見えることも多々ある。
それは、きっとこの町の中である程度世界が完結していて、みんなが中くらいの暮らしで実質貧富の差がまだそれほど無く、物質的には決して豊かではないけれどそれはそれで「おまえのモノはおれのモノ、おれのモノはおまえのモノ。とりあえず小さな輪の中での自給自足でまかなおう」といった感じの社会主義国が標榜とするような関係性が、ここではなんとなく部分的にかろうじて機能しているからなのかもしれない。

この町で今まで過ごしてきて感じたことのひとつ、この町には「毒」が少ない。

その理由のひとつとして、情報が圧倒的に少ないということが言える。
情報が多ければ玉石混合になり、自ら必要な情報を取捨選択する必要があり、そこで必然的にその力も養われていくのだが、この国では様々なメディアで情報統制され「社会悪」運動と呼ばれる国家検閲ともとれる運動で「毒」を一斉排除する。
その結果残された情報は(共産党政権にとって)「健全で良質」な情報のみとなる。

ロンリープラネット誌によると「ハノイはベトナムのドイモイ政策を経済の分野だけに限定しようとしており、複数政党制や民主主義などの考え方を、現在の権力機構を転覆させるものだとして遠ざけて」おり、「現在ベトナムがモデルとしているのは、厳格な政治体制に基づいた、経済的変化が少なくとも部分的に成功している中国とみられている」らしいが、中国共産党政権の経済成長の裏に隠された闇の部分や情報統制の厳しさは周知の事実だ。

さて、ここベトナムでの私の仕事は将来美術教員になる学生たちへの美術の指導だ。
私の職場は師範大学なので本来なら技術指導はもとより美術を通じて考え方や価値観の多様性や、個性や自由な想像力の育成や尊重といったことを指導していくべきだし、それが学校教育においての美術教育のあるべき姿だと思うわけなのだが、
「はたしてこの国でそういった考え方が受け入れられるのだろうか。今のこの国の政治体制ではそういった考え方は異質で体制を揺るがす脅威となり、むしろ排除されるべき考え方なのではないだろうか。私が本当に伝えたいことは、この国の画一的美術教育システムにおいてはむしろ「毒」でなのではないだろうか」
と、プロパガンダとも思える作品が未だ多数横行するこの国の美術の中で、そんなことを考えつつ、私は進むべき方向性を模索しながら未だに小手先だけの技術指導しかできないでいる。

そんな表面上の技術指導だけならわざわざ私がやらなくとも、今いる現地の先生たちだけでも十分できるはずだし、私としてもそれでお茶を濁すのは簡単だけれどそんな中途半端な事はしたくない。
けれどもいつも考える先に行き着くのは社会主義国家独自のシステムと考え方。

私はここでどんな信念に基づいて、何を伝えていくべきなのだろう。
この国はこの先どのような道を辿るのだろう。
中国の後追いをするだけなのか。それとも独自の道を歩むのか。
はたしてひとつの輪は閉ざされたまま拡大していくだけなのだろうか。

輪になって歌っている学生たちを眺めながら、私はそんなことを考えていた。


続く  ↓


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