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【青年海外協力隊ベトナム日記 2006〜08】 第34話 2年間の活動総括 

2年前、初めてこの大学に来た時、過去の資料や参考作品が全く無く、そして学生たちはぺらぺらの紙に鉛筆1本で絵を描いている状態だった。

もちろん物が不足していることはここへ来る前からわかり切っていた。
無いなら無いである物を工夫して私にやれることをやっていこうと思った。
しかし、授業内容はすでに決定しており私の一存では変更できず、また彼らにとってそれが必要なことなのだとしたら私はここで彼らのために何ができるのだろうと迷った。

社会主義国家の師範大学という自由度の低い現場に配属され、上から決められたカリキュラムを忠実に遂行することのみを善しとする現状で、無理矢理新しいことを行っても「何かをやった」という私の自己満足にしかならない。
混乱を巻き起こすだけで現地の人たちには何も残らず、結果それが彼らのためにならないのだったら、むしろ何も行わないほうが良いのではないだろうか。
それは赴任後、早い段階から悩んでいた大きな課題だった。

とはいえ、それで本当に何もやらないのでは私がここに来た意味がないし、自分自身納得がいくわけもない。

いろいろ考えた結果、私のこの2年間の活動の最大の焦点は「情報を増やすこと」だった。

「新しい情報を紹介すること」
「情報の蓄積をすること」
この2つが私の行ってきた活動の主な柱だ。

数少ない情報の中では当然選択肢も限られてくる。
作品について考える機会も与えられず、言われた通りにただ絵を描いていれば当然皆作品が似通り個性は無くなっていく。
また、過去の学生たちの参考作品などの資料が無ければ、新しい学生は目標を立てにくく井の中の蛙になってしまう。
選択肢が多ければ多いほどそれについて自ら考える必要性が生まれ、表現や創意工夫の第一歩につながっていく。
現状の技術至上主義から評価の幅を増やすにはまず情報が必要だと考えた。

もちろん技術指導も並行して行うことになるが、技術などは後から付いてくるものだ。

授業の中では毎時参考集・資料集を持参し、新たに参考にできるようなものはないかと常にアンテナを立て彼らに紹介した。
そしてこの活動はJICAの「世界の笑顔のために」プロジェクトを通し、多くの方の協力のおかげでひとつ実を結ぶことができたのではないかと思う。

また、私は資料として残すために学生たちの作品を毎回写真に撮っていた。
そして作品撮影に限らず常にカメラを持ち歩き、彼らの制作風景、彼らの身の回りにある日常の何気ない風景など多くのものを写真に収めた。
それらの写真をまとめ、その他日ごろから収集していたさまざまな作品のデータや、スキャンした参考集・資料集、日本の写真などを一枚のCDに収め、最後に卒業記念として学生たちと先生方に手渡した。

学生たちはまだPCなど持っていないが、ベトナムでは現在インターネットが急激に普及しており、町中にはインターネット屋が数多くできてきた(まだネットゲームやチャットとしての用途がメインのようだが)。

この大学でも情報科が新設され新たにPCルームも作られ多くのPCが導入された。
今後ベトナムでもPCの普及はさらに高まっていくだろう。
データCDがあればいつでもどこでもPCから色あせることなく画像を閲覧でき、写真屋に持っていけばプリントアウトもできる。
今後学生たちが自らインターネットを用い情報収集と蓄積をしていくためのひとつのきっかけになればと思う。
また、日々のなにげないスナップ写真も収めてあるそのCDが学生時代のよき思い出になり、彼らの記憶の片隅にでも私が残ることを願う。

私がここで何をやろうとしていたのか、何を伝えたかったのか、意図的にそのようなメッセージ性のある写真も数多く入れたので、いつか彼らにそれが伝わる日が来ることを期待する。

デジタル製品の恩恵はここベトナムにも急速に広がっている。
しかしそれを活かすも殺すも彼ら次第で、便利になっていく世の中で、現状に満足することなく何をどのように使うのか、使えるのかをこれからも常に考えていって欲しいと思う。
それは逆に物が無くても工夫次第でなんとでもなるという発見にもつながっていくことだろう。

私は微力ながらもここで彼らのためにできることを真剣に考え、できる範囲でやれることを私なりになんとかやってきたつもりだ。
ただ、客観的に2年間の活動を振り返ってみると、残念ながら結局大したことはできなかった。
ベトナムに来る前はいろいろと考えていたのだが、それらをほとんど実行できずに終わることになってしまった。

その原因として、ベトナムの政治体制と教育方針の問題、初代隊員として全てをまず一から始めなければならなかったこと、後任が来ないため私の活動で完結させなければならなかったこと、などといったようなことも挙げられるが、今思うともっと私自身が積極的に動けば良かったと思う場面も多々ある。

あの時本当にそれ以上できなかったのか、自分に言い訳をして楽なほうへ向かおうとしていたのではないか、なぜもっと頑張れなかったのか、そう思う場面が数多く頭をよぎる。

また私の乏しい語学力のせいで本当に伝えたいことがうまく伝えられなかったことも多い。
そういった意味では私自身反省しなければならない点は山ほどある。

ベトナム人の価値観や考え方との相違から腹立たしいこともあったが、それ以上に楽しいことや心温まることも数多くあった。

学生たちや先生方は本当に親切にしてくれたし、彼らと関わる中で彼らの価値観や文化を知り、私自身ベトナムのことをより深く考えることができるようになり、また、日本のことも以前より客観的な視点で見ることができるようになったと思う。
その点では私にとっては視野が広がった意義のある2年間だった。

そのような貴重な機会を与えてくれたJICAと、さまざまなサポートをしていただいた関係者の方々には本当に感謝している。

この二年間で感じたこと考えたことを帰国後、自分自身の指針にするとともに、日本社会に還元できる機会があれば積極的に活かしていきたい。

さあ、帰国まであと数日。

続く ↓

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