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光の射す方へ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)



 朝起きると脳に浮かんでくる言葉が、「死にたい」。それが異常だとわかっているけど、本能には逆らえないらしく、僕は毎日苦悶している。空は晴れている。雲ひとつない快晴の日もある。それでも、僕は四方八方がブラックアウトして見えない。どこへ進んでいいのか、いやはやわかりませんといった具合だ。結局どこへ行っても正解じゃなくて、全部ハズレ。お前はもう生きている意味がないと見たこともない神様に言われている気がして、いつも自殺する理想を描いたりしている。朝ご飯も、昼ご飯も、夜ご飯も、全部不味い。味覚はとうの昔に死んでしまったのかもしれない。もはや、今の僕は息をする屍だろうか。
 生きるってなんだろう。僕にはそれがわからない。わかる人がいるなら、是非教えてほしい。
 そんな絶望的な生活を続けて半年。僕に一通のメールが届いた。それは、高校時代につるんでいた武志からだった。
『久しぶり』
 僕は返事をしなかった。
『元気してた?』
 僕は返事をしなかった。
『もう五年くらい会ってないな。今も埼玉に住んでるの?』
 僕は返事をしなかった。
『俺は引っ越して、今愛媛県にいる。松山市って城下町。いいところだよ』
 僕は返事をしなかった。
『ところで、お前今休職中なんだろう?』
 僕は、返事をしたくなかった。
『まあ、風の噂ってやつで聞いたんだ。本人に直接言うのはどうだろうって何度も躊躇ったけど、俺はお前の壁を壊したい。だから、少々付き合ってくれ』
 僕は返事をしない。いや、できなかった。
『お前の仕事は、正直言ってブラックだ。人間じゃない奴らがお前を虐めて、ボロボロにした。それは酷いことだし、正直法的な措置をしてもいいと思う。だけど、今のお前にそんな気力があるとも思えない。だからとりあえず、現実から逃げるってのはどうだ?』
 僕は、どうしたらいいのかわからなくなった。胸がドキドキして、息苦しくなる。
『俺も実は一年前に鬱病になってさ、それで現実逃避がしたくて松山に来たんだ。今はここで温泉施設に関わる仕事してるんだ。ここに来た経緯は省くけど、とにかく今は楽しい。なんというか、光を手に入れた気がしたんだ。空気も美味しいし、殺伐とした環境でもない。そんで、お前に連絡したのは、実は人手が足らないから誰か知り合いいないかって親父さんに言われたからなんだ。よく面倒見てもらっている親父さんだから、なんか力になりたいっ思ってさ。それで、お前に連絡したわけ』
 光。今の僕には無縁の存在。それがもし本当にあるとするなら……。
『俺も鬱病だったからお前の気持ちがわかる、って言うのは無責任かもしれないけど、他の人よりは理解できるって思ってる。もちろん、強制はしないしお前の人生だからお前の自由だ。ただ、どうせ一度きりの人生なら明るく生きていたほうが楽しいだろうって俺は思ってる。もし、興味があったら連絡してくれ。じゃあ、またな』
 僕はこれから先も闇の中で暮らさないといけない。今まではそんな固定概念が頭から離れなかった。だけど、僕が過去に大事にしていた宝物はまだ光り輝いていて、一筋の光線となって僕の未来を照らしてくれている。光の射す方へ、僕は歩みたい。
『こんばんは』
 その五文字を送信したとき、僕の体内を夥しい数の緊張が埋め尽くした。
『お、久しぶりだな!』
 だけどそれがたけしのメールによってスッと引いた後に残ったのは、木漏れ日みたいな温かさだった。

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