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『恋と革命』 評伝・太宰治 堤重久著
思い起こすに、私の太宰治ワールドへのゲートウェイは、彼の稀有の文章力だったように思う。
日本語を編み上げる力というか、彼の紆余曲折を極めつくした人生行路を知る前に、その天才的言語感覚に耽溺してしまったわけである。
太宰の小説は「詩」と形容したのは、山崎富栄だったが、私は「音楽」でもあると感じた。
読点の打ち方、単語の紡ぎ方、言葉の抑揚にロマン主義を感ずるし、どんな掌編であってもバロックや古典派のような堅固な形式を感じる。そしてかつ、気品がある。
そして彼は、それを意識して取り入れているわけではなく、身体にしみわたったものをよどみなく積み上げているわけである。
もともと稀有の天稟を具備した人間が、ああいう軌道をたどり、一等星となったということなのだろう。
蓋し、天才である。彼を揶揄した老大家には決してたどり着けない境地に太宰が達していたことだけは確かであろう。
だから、その文章力に浸る前に、太宰を「ダメ男」「クズ男」と貶める人間には、強烈な嫌悪を覚えてしまう。
彼らのほとんどは中後期の珠玉の短篇群を解析したこともないだろうし、『人間失格』だけを読み、観て、卑下して、にやりと悦に入るのだろう。
さて、この評論は200ページにも満たない新書版ながら、最高の太宰の評伝と感じる本である。数十冊の太宰評論、伝記を読んできたが、中でも傑出した評伝と言える。
一貫して太宰への真率な愛情を感じるし、太宰と関わった女性への深い理解がかいま見られる。
斯様な爽快な読後感、感動は評伝分野ではそうそう感じられるものではない。
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