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僕がヒトであるために



修業時代、仕事場にはパワハラモラハラその他もろもろ多種多彩なハラハラが満ちあふれていた。手も足も言葉も飛んでくる、それはそれは華やかなハラスメントの見本市であった。


スタジオ内で一番社歴が浅い上に落ちこぼれだった僕は的(まと)にするには最適だったようで、毎日、罵詈雑言をぶつけられていた。そんな悪口の中でも一際忘れられない言葉がある。先輩女性事務員から頂いた珠玉のフレーズ。


「あんたの彼女ってあんたのどこがよくて付き合ってんの?なんの取り柄も無い役立たずなのに。彼女馬鹿でしょ。馬鹿同士で付き合ってんのね。」


この後、せせら笑い込みの人格否定が延々と続いた。僕だけならともかく、職場とは無関係な当時の恋人まで貶めたそれは、栄えあるマスダアワード第1位として頭の奥深くに鎮座している。23年経った今もなお揺るぎなく。


よく耳にする「いじめた人を見返したければ、自分が幸せになればよい」という決まり文句。


この言葉を信じるのであれば、僕は既にその先輩を見返したことになる。現在の僕は特に不満もなく毎日を過ごしている。仕事は充実しており、周りは楽しい仲間ばかりだ。夫婦仲はよく子供たちは可愛い。その上、阪神が首位である。幸せと言ってよいだろう。


でも関係ないんだよね、そういうの。ぶつけられた悪意は僕の中に澱のように残り続ける。普段は忘れているけれど、当時を回想しながらこの文章を書く僕の顔は凶悪なものになっていく。あれから23年経つにも関わらず凶悪な顔になる。これから先、何年経っても、あの瞬間を思い出す僕は凶悪な顔になる。


先輩はそれほどの呪いを僕にかけたのだ。当の本人は忘れているだろう。僕が忘れることは無い。決して無い。


人を呪わば穴二つ。
先輩、この言葉知ってるか?





ネット上では毎日のように何かが炎上している。ことの正否はともかく、炎上の中心にいる人には時として激しい言葉がぶつけられる。怒りに満ちた書きこみが幾つも目に入ってくる。


批判を通り越して、もはや悪意としか読めないツイートが流れてきた。凄いな怒ってんだな何か知らんけど。そう思いながらタイムラインを更新すると、怒れる投稿者の最新ツイートが一番上に出てきた。40分前に怒りを表明したその人は、いま食べたストロベリー山盛りパフェがいかに美味しかったかを力説していた。


ふと興味がわいて他の投稿者のツイートも調べたくなった。炎上案件を検索し、関連する投稿をつらつら読んでいく。我ながら悪趣味で呆れるけど。


誰かのことを「無知で醜悪」と断じた人は1時間後にゲームガチャの当たりに大喜びしていた。誰かを「クソ過ぎて震えた」と評した人は20分後には猫を幼児語で褒めそやしていた。


僕にはこんなこと出来ないな。


ひとたび怒りを表明したらしばらく怒り続けろなんて無茶を言いたいわけでは無い。モラルやマナーの話ともちょっと違うし、誰かを擁護したいわけでも無い。他人がどんな投稿をしようが僕と僕の大切な人達に被害が及ばぬ限り他人事である。どうぞ御自由に。あくまで僕自身のふるまいの話をしている。


単純に恐ろしいのだ。自分の言葉が誰かの呪いになることが恐ろしい。


人を呪わば穴二つ。
他人を呪えば自分にもかえってくる。相手の分と自分の分、墓の穴が二つ必要になる。確かそういう意味だったよな。


1時間後にはスマホゲームに興じ、40分後にはパフェを堪能し、20分後には愛猫自慢をする。そのくらいの心持ちで通りすがりになんとなく投げつけた言葉でも、言われた相手が一生背負ってしまえば、それはもう呪いなのだ。墓の穴が二つ必要になる。それが恐ろしい。





23年前、件の先輩からアワード1位の悪口を放たれた僕は、程なくしてスタジオを辞め独立した。それから10年経った頃、偶然現場で先輩と再会したことがあった。


先輩は何ら悪びれる様子も無く、旧友にでも会った調子でペラペラと話しかけてきた。頑張ってるみたいねテレビで見たよ貴方はやれると思ってた今どこと仕事してるの?等々。


もちろん僕も大人である。そつなくにこやかに話をした。いえいえ滅相も無い毎日馬車馬ですよ御結婚されたんですか?それはおめでとうございます。


そつなくにこやかに話をしたが、僕にとって目の前の彼女は人間では無かった。人の貌をした何かが人のふりをして言葉を発しているようにしか見えなかった。この畜生、ヒトの言葉が流暢だな。そう思いながら相手をした。


人を呪わば穴二つ。
先輩、この言葉知ってるか?あなた大変な事をしたもんだ。もう、人の姿に見えないぞ。


誰かを呪うには自分の墓穴を掘る覚悟がいる。本気で潰したい相手なら覚悟を決めて穴を掘るだろう。しかし10分後に「阪神勝ったで!」とツイート出来る程度の心持ちで他人を呪うのはいささかリスクが大きすぎる。僕は、あの先輩のようにはなりたくない。誰の目から見ても人間でありたい小心者なのだ。




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