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『億万長者サッカークラブ』東欧編:オリガルヒの台頭 #6「次々と闇に葬り去られていく反体制派 」

裏切られた期待

 プーチンに異議を唱えようとして、命を危うくしたのはオリガルヒだけではない。民間の活動家も、当然のように粛清の対象になる。ロンドンでオリガルヒツアーを展開しているウラジーミル・アシュルコフもその一人だ。
 今となってみれば、ずいぶん変な気持ちがするだろうが、アシュルコフにも、プーチンこそがロシアに希望をもたらす人間だと、信じていた時期があったという。
「旧ソヴィエト時代の体制から資本主義へ移行するのは、一筋縄じゃいかない。当時は新たな時代を切り拓こうとする人たちと、旧体制を維持しようとする人たちが常にいた。ロシア政治とは、これら二つの勢力の争いそのものだったんだ。
 だから最初はプーチンを支持していたし、2000年の選挙でも彼に投票した」
 だが2010年が終わる頃、彼はこう確信するようになる。
 もはやプーチンは、改革を目指す人間ではなくなったと。
「腐敗が増えてきていることや、自由が抑圧されていることが明らかになってきていた」
 アシュルコフは、政治に深く関わった経験などなかったし、生活にも困っていなかった。ロシア最大の銀行、アルファ・バンクの行員として、かなりの金を稼いでいたからである。
 そもそもアルファ・バンクとは、ミハイル・フリードマンによって経営されていた銀行だった。フリードマンとは1993年、カリブ海のヨット上でベレゾフスキーとアブラモヴィチが出会った際に、その場にいたオリガルヒの一人である。

政府高官のフロント企業

 しかしアシュルコフは、アレクセイ・ナワリヌィのブログに目を通し始めていた。ナワリヌィは、腐敗防止キャンペーンの熱心な活動家で、凄腕の弁護士でもあった。
 彼は民主主義を掲げる政党の党員となるが、やがて独自に活動を展開。まずユコス・オイルのような国営企業の株を自ら取得。小口ながらも株主としての立場を確保することで、内側から組織の腐敗を是正していこうとしたのだった。
 当初、政府側はナワリヌィを危険視していなかったが、この状況は変わり始める。プーチンは2000年から二期連続して大統領の任期を全うしている。首相という立場に身を置いた後、再び大統領選に出馬するが、ロシア全土で抗議活動が起きたからである。
 ナワリヌィはここで重要な役割を担った。ブログなどで情報を組織しながら、民主改革を目指す大衆を組織化。ロシアの民主化を牽引するキーマンと目されたこともあった。
 しかしプーチンは結局、大統領の座に返り咲いてしまう。
 ナワリヌィは、プーチンが率いる「統一ロシア」が暗躍したことに激怒し、「ペテン師と泥棒が結成した政党」と呼ぶようになる。結果、2012年には濡れ衣を着せられて逮捕されるが、そこで救いの手を差し出したのがアシュルコフだった。
「彼に手紙を書いてアドバイスしたんだ。自分はコンプライアンスの問題に詳しいし、彼は国営企業の不正を追及している。だからサポートしようと」
 タッグを組んだ両者は、官民一体の腐敗が、いかにロシアを蝕んでいるかをスクープしていく。その中には、2012年の報告も含まれる。ウスマノフがコーラス・スティールという企業を買収するために、副首相であるイーゴリ・シュワロフから5000万ドルを借りた例の一件である。
 ちなみにこの取引には、アブラモヴィチも絡んでいた。そもそもアブラモヴィチは、ウスマノフとシュワロフを引き合わせるような役割を担っている。アシュルコフは語る。
「一般企業が、実質的に政府職員のフロントカンパニーになっていて、実業家たちが代理人を務めているケースも多い。彼らは政府内のパトロンのために利権を確保してやるんだ」
 ナワリヌィとアシュルコフは、やがて政治の世界にも直接関わっていく。
 ナワリヌィは、2013年にモスクワの市長選挙に出馬。惜しくも次点となったが30%以上の票を集めている。これはほとんどのテレビ局や新聞が、プーチン寄りだったことを考えれば大きな成果だった。またナワリヌィは、票の買収が行われなかったならば、得票率はもっと高くなっていただろうとも主張し、決選投票の実施も求めている。
 しかし、このような状況を当局が黙認しているはずがなかった。もともとナワリヌィは市長選挙に出馬した時点で、既に執行猶予の身になっていた。さらにアシュルコフのマンションにも官憲が踏み込んだのである。選挙資金法に違反したというのが罪状だった。
 しかも逮捕の模様は、テレビで生中継されていた。アシュルコフはこう証言する。
「朝早くドアの呼び鈴が鳴ったかと思うと、警察がいきなり部屋に入ってきた。そしてもっともらしい口実を並べて、パソコンから電話に至るまで一切合切を押収していった。自宅で過ごせるのか、しょっぴかれるのかはわからなかった。ただ尾行されているのは気づいていたよ……」
 2回目の家宅捜査が行われた後、アシュルコフは身重の妻と共に国外脱出を決断する。そのままロシアにいれば、次に何が起きるかは明白だった。パートナーのナワリヌィは、刑務所と娑婆を何度も行き来する羽目になっていた。

ソチ五輪という名の集金マシン

 プーチンに対しては、「オリガルヒの時代は終わった」と断じたボリス・ネムツォフも不正を告発している。
 もともと彼はエリツィン政権時代、第一副首相になったこともある人物で、プーチン政権を一貫して批判していた。ソチ五輪に関するレポートは大きな話題を呼んでいる。
 そもそもソチで行われた2014年の冬季オリンピックは、ロシアという国家が財力とスポーツにおける強さを披露する場になるはずだった。ネムツォフは次のように記している。
(プーチンは、政治的なメッセージを発信する上で、いかにスポーツが有用なのかを常に認識していた。初めて大統領に当選した直後、2000年のシドニーオリンピックに向けて選手団を送り出す際には、次のように述べている。
「スポーツの勝利は、100回政治的なスローガンを掲げるよりも、国の団結心を高める」
 彼自身は熱心な柔道の愛好家であり、アイスホッケー選手でもあった。またサッカーにはほとんど関わってこなかったものの、2018年のワールドカップのような国際大会を開催することを、国威の発揚という点で最重要視していた)
 ただしネムツォフのレポートは、スポーツの国際大会が食い物にされていった様子も明らかにしている。当初、大会を招致するために提出された資料では、ソチ五輪の開催費用は140億ドルをわずかに上回る程度とされていた。だが実際には、コストは510億ドルに膨れ上がり、オリンピック史上、かつてないほど高くついた大会になってしまう。
 その過程において、特に私腹を肥やしたのが、プーチンと関係の深いサンクトペテルブルクの一派だった。プーチンの学生時代からの友人であり、柔道の乱取りの相手でもあった彼らは、プーチンが権力を増大させるにつれて、リッチになっていった。
 ネムツォフによれば、競争入札を経ずに直接発注された契約は21件もある。アメリカ財務省の報告では、これは大会の予算全体の15%、約70億ドルに相当するという。

次々と暗殺されていく、反プーチン派

 その後もネムツォフは、ロシア国内で野党勢力の結集に奔走。後にウクライナで民主革命が起こった際には、ユーシチェンコ大統領の経済顧問にも抜擢されている。
 しかし彼は55歳で不慮の死を遂げる。2015年2月、モスクワ市内、クレムリンの目と鼻の先で何者かに射殺されたのだった。アシュルコフは語る。
「ロシアで野党側に回ろうとするのは危険な賭けだ。そのことはみんなわかっている。罪をでっち上げられて刑務所に投獄されたり、自分のように国外に追い出されたりする。『例の一件』があった後は、国外にいても安全だとは思えなくなってしまった」
 彼が言及したのは、アレクサンダー・リトヴィネンコの殺害事件だった。
 もともとリトヴィネンコはFSB(旧KGB)の元職員で、反プーチン派のオリガルヒ、ベレゾフスキーの同志でもあった。
 彼はイギリスに亡命した後にMI5(イギリス保安局)に雇われ、プーチンを批判し続けるようになる。ジャーナリストで人権活動家だったアンナ・ポリトコフスカヤが暗殺された際には、プーチンが殺害を命じたとはっきり断じている。
 だが、その主張を行った数週間後、リトヴィネンコは帰らぬ人となってしまう。紅茶に放射性元素のポロニウムを盛られ、毒殺されたのだった。イギリス側は、実行犯はFSB(旧KGB)であり、プーチンの指令で動いた可能性が極めて高いと結論付けている。アシュルコフは語る。
「(海外に亡命するのは)モスクワにいるよりは安全だと思う。でも同時にこうも思うんだ。その気になれば、相手はロンドンでも手を下せるとね。それは間違いない」

7:アーセナルのオーナー、ウスマノフの正体

5:なぜ、アブラモヴィチはチェルシーを買収したのか

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