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アキタカタ暮らしの美術館|chapter 1

お金ではなく手をかけて。
豊かな時間をデザインする、水戸さん一家の里山暮らし

水戸芳郎さん、典子さん、文恵さん


オレンジ色の屋根瓦が並ぶ、桑田集落。
里山のふもと、田園の細い道を一番奥までいった先に、水戸さんの家はある。
すっと車が家の前に到着すると、目にうつったのは納屋の前に積んであった薪。細いのや太いのや、木の断面が幾何学模様のようで美しかった。

水戸さん一家は、ご主人の芳郎さん、奥さんの典子さん、娘の文恵さん、おばあちゃんと犬のてんちゃん。3世代4人家族と1匹で暮らしている。
築60年になるこの家は、芳郎さんの実家。定年退職になると同時に、奥さんの典子さんと広島市から移り住んだ。数年後、それを追って娘の文恵さんも越してきた。

ここでの暮らしは、自然に近い。木に実がなればジャムに、きのこは干して保存する。知り合いからもらった木材を家具に仕立てることも。そうした暮らしのための仕事を、一家はごく自然に行っている。それがとてもセンスがいいのだ。

母屋の前の手づくりの洗い場も、木工作業向けに改修された納屋も、洗練されていておしゃれ。それを「その辺にあったものでつくっただけ」という。同じまなざしが草花にも向けられる。小屋の前の植栽は生き生きと葉を茂らせ、工房の入り口には木の葉のリースが揺れていた。


欲しいと思う空間を手をかけてつくる

こうした移住のお手本のような暮らしをおくる水戸さん一家。
ご主人の芳郎さんは建築士で、東広島市で学校などの公共建築の設計に携わってきた。
定年になる数年前から着々と準備をしてきて、1年前から週末ごとに実家に通い、少しずつ住まいの環境を整えてきたという。

「日本の古い家って部屋はたくさんありますが、今の暮らしに合わせて居心地のいい風にしたいなと思って。日曜大工じゃないですけど、両親二人が暮らしてきた家に、暮らす人数が増えるので部屋をつくったり、収納を増やしたりして」

裏山で伐倒した木は水戸さんの手で製材され、立派なテーブルに仕立てられていた。驚いたのは、母屋のある部屋の中にもう一つ真四角の密閉性の高い空間をつくった「部屋 in 部屋」。外から見ると純和風の家屋の雰囲気を維持しつつ、中は壁が本棚を兼ねた居心地のよさそうな寝室だった。さらに季節ごとに味噌などの加工食品をつくる作業部屋があったり、外の景色を眺めながらお茶をのめる東屋のようなスペースもあったりする。

欲しいと思う空間を、お金をかけずに手間をかけてつくる。それが自由にできるのも田舎ならではの醍醐味だろう。そうして工夫するうちに、暮らしへの愛着はどんどん膨らんでいく。


いやいや帰るのは嫌だったから

いつかはご主人の実家に帰ることになるとわかっていながらも、リアリティがもてずにいたという奥さんの典子さん。それでも時期が近づくにつれ、自分がこうあったらいいなと思う暮らしのかたちを見つけてきた。

「いやいや帰るのは嫌じゃないですか。田舎に帰ったら、やるのは自然に関わること。やっぱり農業になるだろうなって色々探したら『自然農』というものがあるのだと知って。主人と二人で研修に行って、これならできるかなとか。つばた夫妻の本を見て、ああこんな暮らしなら楽しそう! ってワクワクしたり」

まだおばあちゃんほど上手に野菜は収穫できないけれど、楽しみながらやっていこうと鷹揚にかまえている。

「もちろん不安もありましたよ。草刈りをちゃんとせんと周りの人に言われるんじゃないかとか。毎年ここに遊びには来ていたけど、初めて水戸の息子と嫁ですってご近所さんにご挨拶して。地元の方々はみんないい人たち。でもどうしても価値観のちがうところもありますよね」

それでも、今にぎやかな人付き合いがあるのは、チェーンソーの講習会などで出会った人たちと親しくなり、行き来するようになったからだ。

「広島市では子育てしていた頃の友達はいましたけど、宿舎だから家は狭いし、そんなに人を招くなどできなくて。それがこっちに来てからは知り合いも増えて、皆さん、ぱっと遊びに来てくれたりして。そういうのが楽しいですよね」


こっちにはやることがたくさんある

そんな風に楽しそうに暮らす両親を見ていて羨ましくなったと話すのは、娘の文恵さん。両親の移住から3年後、広島市から越してきた。

「もともと子どもの頃からいつかは田舎に暮らしたいと思っていたんです。毎年夏と冬は来ていたし、それが私にとっては特別なことではなくて。数年前におじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんが元気なうちに教わりたいこともたくさんあるなと。帰るなら早い方がいいなって」

みんなに「ふうちゃん」と呼ばれ、おっとりした印象もあるのに、しっかり芯の伝わってくる女性でもある。乗ったこともないバイクをまず買って「バイク屋のお兄さんに乗り方を教わって帰ってきた」と笑う。それが今では軽トラで職場に通っているというから大進歩だ。移住後すぐに役場の支所で募集があることを知り、引っ越して翌日には面接にこぎつけたという強運の持ち主でもある。

「都会に比べて田舎は何もなくて退屈」なんてことにもなりそうだが、文恵さんにとってはむしろ逆だという。

「ここにいると保存食をつくったり、ジャムをつくったり。やることがたくさんあって。それをまちでやるとお金がかかるじゃないですか。料理教室に行くにも、材料も。それならいいかなって気になっちゃう。ここだったら周りに材料があるし、その辺に転がってるもので何かしようって」

もちろん都会でもできることはたくさんあるが、文恵さんが言うのは〝わざわざ感〟のような話だろう。わざわざやっている感じ。必ずしも必要ではないことを自然に「これが落ちていたからつくってみた」「こう加工したら役に立つね」くらいの手軽さが、おそらくちょうどいいのだ。

「たとえば梅の剪定したあと枝を処分していたら、梅の木ゴケがたくさんついていて。きれいなピンク色の染料になるらしいんです。アンモニアと混ぜてつくるときに匂いがすごいと聞いて躊躇しているんですけど、今この苔をためています」

典子さんも続ける。
「ここではやることがいっぱいあるんです、自然のものを使って。ドクダミなど庭の葉でお茶をつくったり、山椒も葉っぱを乾燥させて山椒ソルトつくってみたり。面白いですよ」


スローライフではないけど、気持いい

豊かだけれど、じつは田舎の暮らしって忙しいですよね。そう問いかけると、何度も首を縦にふって賛同してくれた。

「まったくスローライフじゃないですよね。梅の実がたくさん実っていたら、今日採らなきゃって。自然は待ってくれないので、しょうがないなってやり始めて、終わったら、ああよかったなってすっきりして。自己満足もありますが、ここだからできること。田舎でよかったなと」(文恵さん)

「天気がいいのに家ん中におったらいけん気持になるよね(笑)。94歳になるおばあちゃんたちの世代は、生きるために必死に働かんといけんかった世代。布も糸から、お蚕さんから染めてとか。そこまではとてもできんけど、やれることはやろうってくらいの気持で。手を動かしているうちに、気持もいいし。自然の美しさをみれば、ああよかったなって」(典子さん)

工房には、長年眠っていたしいたけの乾燥機があった。薪を使う形に仕様変更されていて、煌々と炎が燃えて工房の中はとてもあたたかかった。

話を聞きながら、典子さんの淹れてくれた珈琲と、文恵さんお手製のころんとした焼き菓子をいただく。優しい味がした。

「私なんか、ああこのタネ可愛いなぁ。カエルが可愛いなぁって。毎日それだけでもう満足しちゃうんですよね」

文恵さんのつぶやきにはっとする。カエルが可愛いだけで満足しちゃいけないような価値観を、いったいどこで身につけたんだろう。都会でも田舎でも、心の置きどころで世の中の見え方は変わるのだ。


里山は資源の宝庫

芳郎さんは里山の整備で、山に入ることも多い。この辺りは8〜9割がスギ・ヒノキなどの植林。森林組合による切り捨て間伐も多く、そうした木々を持ち帰って、板にしたり薪にしたりするという。

「山にたくさん落ちている木は、誰も見向きもしないけど、貨幣に換算するとすごい価値ですよね。まさに宝の山です」

地域の「木の子倶楽部」にも所属していて、会員の裏山を自分たちでデザインしながら管理しているという。

「切る木と残す木を考えたり、きのこのホダ木にしたり。いろんな種類のきのこがあるんです。神楽舞茸というこの地の特産品種のほかにも、ヒラタケ、クリタケ、ナメコ、エノキ、黄金タモギタケ…と年中何かありますよ」

山仕事を始めて10キロ痩せたという。身体を動かす上にストレスがない。食べるものも、おばあちゃんや自分たちで育てた野菜や加工食ばかりで、食品添加物とは縁遠くなった。お金はかかっていないけれど、とてもぜいたくな生活。豊かさって何だろうと思う。

話が一段落して、水戸さんたちの生活の場を見せてもらう。裏手の畑、工房の2階。納屋にしつらえられた使い勝手のよさそうな本棚、眺めのいい東屋…
など、細部にわたって暮らしがデザインされている。

田舎だからいい、古い暮らしがいいといった話ではなく、持ち前のセンスのよさと自然の恩恵から成る暮らしは新鮮で、素敵だった。

犬のてんちゃんが外を走り回り、農作業を終えたおばあちゃんも戻ってきて、みなに囲まれて楽しそうだった。自分の手で、暮らしはデザインできる。そこで過ごす時間はとても豊かなのだと、水戸さんたちの暮らしは教えてくれる。

(文・甲斐かおり)


甲斐かおり
ライター、地域ジャーナリスト。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティなどの分野で生きる人の活動を雑誌やウェブに寄稿。著書に『暮らしをつくる』(技術評論社)、『ほどよい量をつくる』(インプレス)


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