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マンホールからベンガルトラまで その5

ネイチャーツアー


次の日の早朝から川の周りを散歩する。
これもガイドがついているツアーの一つだ。
やはり川の周りには動物が集まるんだろうな。人間の文明も川の周りから始まったといし。
・・・それは関係ないか?
 
マラというガイドに案内してもらいながら川沿いを歩く。
マラはとても優秀なガイドで動物を見つけるよい目、よい耳を持っている。草ぼうぼうの隙間から五百メートルほど向こう側に孔雀を見つけたり。
鳥の小さな鳴き声だけで、ほら聞いてみて、これは何の鳥、これは何の鳥だよ。と当てていく。
雄弁で様々な言語を話すことが出来る。
英語はもちろん、ドイツ語やフランス語の会話も出来るみたい。そして日本語もいくつか知っていた。
孔雀を見つけた時は「クジャクイル」と教えてくれた。動物だけでなく、私たちのこともよく見てくれていてとても親切。スーパーガイドとは彼の事だろう。

しかし、そんな彼にも唯一の欠点があった。
それは・・・人目をはばからず屁をこく事である。
そこだけが田舎のおっちゃんなのだ。
最初は何の動物の唸り声かと思ったらマラの放屁の音だった。でも何もなかったように堂々としている。誰も突っ込まない。
・・・ツッコミたい。
えらい頻繁に屁をこくけど、お腹の具合は大丈夫か、マラよ。

「ライノ!」とマラが言って指差す。
遠くの方にサイがいる。サイのことをライノって言うんだな。
あれが有名なチトワン国立公園イチオシ特産動物のインドサイかぁ。ネパールにいるけどインドサイ。きっとインドが原産地なんだろう。
望遠レンズを持ってる私はカメラで拡大出来るからサイってわかるけど、他の人には遠すぎてただの黒い点だろうな。
全然見えないって言ってたので他のツアー客にもサイの写真を撮って拡大して見せてあげた。
 
その散策では遠くにインドサイを四匹も見つけることができた。
でも全部遠すぎて望遠レンズで撮ってもあまり絵にはならなかった。
 
怖いもの知らずの若者二人がサイに近づいてみようとしてマラに注意されていた。
近づくとサイがびっくりするし襲ってくるかもしれないから止めなさい、だって。
怖っ!あんな巨体に襲われたくない。

怖いもの知らずの若者二人組はジョンとクリスと言ってレバノンの青年達だった。
ホテルも一緒だったみたいで、お昼に食堂で会った時にさっきは楽しかったねと挨拶して一緒にご飯を食べた。
顔には髭があって絶対俺より年上だと思ってたらクリスは二十七歳だという。ジョンはそれより若いらしい。二人はいとこだそうだ。
年が近い私たちはすぐに仲良くなった。
ちなみに私は三十五歳。
あれ、あんまり近くないか?
最近自分の精神年齢と実年齢が噛み合わなくなってきている。
 
夜には村の文化センターみたいなところで民族ダンスショーが行われた。
孔雀のダンスで英語にするとピコダンスという。
 
最後には、みんなでステージに上がって一緒に踊ろう!という流れになったがあまりみんな出て行かない。
ジョンとクリスに行けよとそそのかされて私がステージへ。
ステージに上がったからにはお客様を楽しませなければ!と思ってしまい、つい本気で適当創作ダンスを踊る。
踊ることに熱中して普段やらないような捻りのある動きをしたところで脇腹に激痛が走る!
うごっ!
忘れてた。怪我してたんだった。
脇腹を抑えながら途中でステージを降りた。
普段は違うんだけど、たまにお調子者の血が私を駆り立ててしまうんだなー。
失敗しっぱい。まだ先は長いんだから身体は大事にしないと。
 

次の日は早くから朝食を食べて六時半よりカヌーライディングへ。
生まれて初めてのカヌーだ。
昨日の散策ツアーと同じ川沿いにあるカヌー乗り場に到着。ジョンとクリスは今日も一緒だ。
私とジョンとクリスとガイドのマラ、それに船を漕いでくれる人が乗り込む。

とても細い船に大柄の男が五人も乗るので、船のへりは水面スレスレで誰かが少しバランスを崩すと傾いて川の水が入りそうになる。
ジョンは傾くたびに「ヘイ!バランス!バランス!!」と怯えている。
確かにこの船は簡単にひっくり返りそうな形をしている。転覆だけは勘弁してほしい。
だって私はカメラもレンズも持っているし、スマホやパスポートだって防水袋に入れ忘れたし。水の中に落ちるのは困る。嫌だ。

クリスがワニもいるよと笑いながら俺たちを脅す。人が焦るのを見るのが好きらしい。この野郎、ワニもいるのかよ。初耳だよ!
しかし、そんな船の細い先端に平気で立ち上がるマラ。「私の真似をして立ち上がったりは絶対にしないでください」と前置きしてカヌーの注意点や川の成り立ちを話し出す。
すごい平衡感覚だ。仙人かよ。さすがスーパーガイド。
手を広げてタイタニックみたいな真似もしている。なんかすごいという気持ちが少し失せる。
 
川幅は二十メートルほどもあり、濁っている。深いところでも象なら立って歩けるくらいの水深だそうだ。
マラが言うにはこの川はインドのガンジス川まで続いてるらしい。そういえばインドに行った時にガンジス川にはエベレストからの水が流れてきていると聞いたような気がする。
この川がそうなのだろうか。
その時、話しの途中でマラが「ライノッ‼︎ 」と鋭く叫んだ。
彼が指差す方を見るとサイが泳いでいる。
流れに向かって右側の川の中を顔だけを出してこちらに向かってくるようだった。
サイって泳ぐんだ。
この時とばかりに必死でシャッターを切る。今撮らないでいつ撮るよ!
泳ぐサイを近くで撮れるチャンスなんてそうそう無い。
船が揺れる。撮ることに夢中でそっちは見てなかったけど、きっと船を動かす船頭はサイとぶつからないように必死でパドルを漕いでたんだと思う。
すぐにサイは遠ざかっていった。
こちらを向いた写真が撮れたのはラッキーだった。
 


その後はみんな泳ぐサイの余韻に浸るように喋ることなくとても静かだった。

遠くにワニの背中がちらりと見えたくらいで他には何事もなかった。

カヌーの上はあまりにも静かで、サラサラという水の音とたまにカヌーを漕ぐギーッという音。それから鳥たちの囁くような声がしてそれらがいっそう静けさを際立たせるようだった。

私は後ろに座っているクリスに「とても静かないい時間だね。」と声をかけようかと思ったが、それさえもこの静けさを壊す恥ずかしい行為のような気がしたのでやめた。

全員がそう思っていることは口に出さなくても感じていた。
この時間は心まで静かにしてくれる大切な時間だと。

それからもしばらくは誰も何も言わなかったことがそれを物語っていた。

ただサラサラという水の音と静かな時間だけが流れた。

ずいぶん長く同じ姿勢のままでいて腰が痛くなってきたところで、船は器用に桟橋もない岸辺へ着いた。ここでカヌーの旅は終わりらしい。
帰り道は草の生えた湿地帯を歩き、森の中に入るとディアと呼ばれる鹿の群れが逃げていくのが見えた。
日本の鹿よりもスマートな感じだ。
動物は逃げる姿も美しい。鹿たちの身体の躍動は筋肉の力と美しさを表していた。

やはり動物はいいな。逃げて行く様子をカメラで追いながら思った。

日本の鹿よりスマートに見える


ジョンとクリスと激細カヌー

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