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憂い【エッセイ】二〇〇〇字

 この投稿のあと、休養します。
 実は最近、体に異変を感じ区の健康診断を受けていました。結果、再検査を必要とする部位が明かになりました。本日、通いなれている慶応義塾病院への紹介状をもとに、精密検査のための入院手続きに入ります。その後、楽観的に判断しても手術になろうかと、予想しています。つきましては、4年続けてきた週二投稿をいったん休ませていただきます。帰還がいつになるかわかりませんが、1か月を想定しています(そのままだったりして。💦 ^^)。
 今回は、「休養のお知らせ」だけにしておこうと考えたのですが、万が一のため、この国への憂いを、辞世の句ならぬ、辞世のつぶやきとして書かせていただくことにしました。
 
 国の政治は、《「国家」<「ひとつの命」》であるべきと考えます。「ひとつの命」を守るために国の政治があると言っても過言ではありません。日本という国に“奇跡的”に産まれでてきたからには、「しあわせ」と感じていただくこと。このために仕事するのが、政治家です。しかし、どうでしょう。最近(でもないですが)の政治家、いや政治屋の体たらくぶり。国民のために仕事していると言えますか? 私はそう思えません。結果として、「人権」を無視する出来事が頻発しています。その空気が蔓延しています。それがいまの日本の実態と言ってもいい。「ジャニーズ問題」も然りです。例を言いはじめたらキリありません。
 どうしてそんな憂うるべきことが起こるのか、《「国家」「組織」>「ひとつの命」「人権」》という考え方の政党が一党独裁で長く政(まつりごと)を行ってきたからです。利得ある個人、企業、他国にしか顔を向けていないからです。
 そんな一強政治が続く限り、上っ面の改革を唱えても無理です。だって、向いている方向が違いますもの。第一に「ひとつの命」に顔を向けた政党ではないと、「改革」と、いくら唱えても無理です。人気者の小泉進次郎がかつがれ、「キャアー!」と黄色い声をあげるようでは、終わりです。おイタをしたら政権交代の可能性があるという緊張した政治体制にしないと無理です。
 かと言って、政権与党と対峙すると声高に演説しても、「万博」を粛々と進めようとし、その跡地に博打場を計画するような野党面した政党では、政権をとっても現政権と大差ないでしょう。あと、自民党よりも《「国家」>「ひとつの命」》の考え方を持つ極右、保守新党も出現しています。トランプ何某ではないですが、目立つのです。SNS上で散見されるような大口をはたき、奇想天外なことを演説し、いま政治離れしている若者を中心に引き寄せられてしまう輩に失望さえ覚えます。
 では、どう考えたらよいのか。「ひとつの命」よりも「国家」が最優先と考える政党には、投票しないこと、と思います。
 やるべきことは、たくさんありすぎますので、敢えて2つに絞れば、
 《「国家 >「ひとつの命」》の極限は、「戦争」です。なので、戦争になる可能性があると思われることに、相手国に口実を許すようなことに、「否」と唱えること。「戦争」に巻き込まれれば、「人権」なんてゼロです。日本の戦前を学んでも分かるでしょう。そして、いまの悲惨な映像を見ればわかるでしょう。危機を煽って軍需産業を儲けさせるような政策に、「否」と言いましょう。
 そして2つ目は、「子は国の宝」の考え方に立ち、すべての子は高等教育を終えまで国が責任を持つべきということです。「こども食堂」をボランティアで運営している方々には頭が下がります。しかし、それは、国の政策が貧しいからやらざるを得ないのです。やらなくても済む国であるべきなのです。子どもが産まれてきた環境が、その子の将来を決めてはいけないのです。少なくても成人になるまでは、公平な教育を提供すべきです。
 繰りかえしますが、これらは、「ひとつの命」を守るために政治がすべきことの最低限のことです。他にもたくさんあります。考えましょう。

 余談ですが、政治家は苦労を知っている人物、「弱き」ひとに寄り添える人物がなるべきと考えます。なので、立候補演説は、「いかに私は苦労を重ねて、いまがあるか」をアピールする内容にすべきとさえ思います。そんな苦労を知っている政治家は、弱き国民に顔を向けた政治をしてくれると期待できる。そう思います。二世議員、地盤を継いだ者には、その苦労さえ知る機会がなかったはずです。私が、少なからず血税を収めてきたのは、苦境に追い込まれた弱き国民のために使っていただきたいと願ってのことです。一歩でも、弱き者を助ける政治に近づいてほしいと願っています。いや、行動します!

《「国家」<「ひとつの命」》の考え方は、過去のエッセイで触れています。

では、再会を願って、いったん、筆を置きます。
(病状が安定してきたら、「つぶやき」程度で顔を出すかもしれません。💦 (笑) )

※昨夜、急遽書きあげた原稿につき乱筆乱文があればご容赦ください

TOP画像:古福庵 [ KOFUKUAN ] オンラインストアサイトから

(おまけ)
寺尾は引退の際に、こう語った。「1000敗するまで続けたかった」と。この話を筆者が知っていたら、これが締めになっただろうけどね。寺尾は、「負ける」ことを恥とは考えていなかった。それよりも、堂々と相撲をとる姿を示してくれた力士でした。合掌

東京新聞朝刊(12月19日)

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