Masayuki Nagasaka

フリーランスの3DCGを使うデザイナー。主にBtoB向けプロトタイプ制作などのお手伝いをしています。xRArchi末席。

Masayuki Nagasaka

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    最近の記事

    ふりかえり

    この記事はAEC and Related Tech Advent Calendar 2021、10日目の記事です。 今年も色々とフォトグラメトリしました。 明治期建設の木造駅舎、JR東北本線 新田駅駅舎 日本初の常設サーキット、多摩川スピードウェイ観客席の遺構 国産初の交流電気機関車、国鉄ED91形 それぞれ立派な肩書を持っていますが、特に文化財などに指定されているものでもないので建て替えや解体によって姿を消した、消そうとしているものたちです。 最近、「どうやってそ

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      • フォトグラメトリしなかった原宿駅、した新潟駅

        この記事は「AEC and Related Tech Advent Calendar 2020」10日目の記事です。 普段いろいろとフォトグラメトリしてる中で、駅舎と言う建築物について書こうと思います。 原宿駅 まずは原宿駅について。 東京都渋谷区にあるJR山手線の駅です。 2020年3月に新駅舎の供用が開始され、大正13年築・都内最古の木造駅舎は96年に渡る役目を終えました。 原宿駅の建て替えは発表時から物議を醸し、当初は旧駅舎は取り壊すとも言われていましたが、最終的

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        • 武蔵小杉と言う街の不運【3/完】

          今年は何事もなく台風シーズンを終えましたが、武蔵小杉と言えば2019年の台風19号の一件は避けられない話です。 実際に被害にあわれた方にとってはあまりに不幸な出来事でした。 ただ、武蔵小杉のこれまでを見ると起こるべくして起こったなとどうして思えてしまうわけです。 たまたまが生んだ悲劇偶然の産物によって再開発計画が変わって規模が大きくなり、偶然の産物によって交通の要衝となり利便性が高まった武蔵小杉は東京に限りになく近いベッドタウンとしての地位を得ました。 年々メディアなどでの

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          • 武蔵小杉と言う街の不運【2】

            住みたい街ランキングで上位に入る様になり、ベッドタウンとして注目を浴びる様になった武蔵小杉。 その魅力度は再開発されたきれいな街、生活に欠かせない商業施設とあるでしょうが、様々な人が集まれる、様々な場所へアクセスできる移動手段の選択しが豊富である事が最大な理由でしょう。 偶然の産物、武蔵小杉駅武蔵小杉駅には鉄道路線5路線、JR南武線。JR横須賀線、JR湘南新宿ライン、東急東横線、東急目黒線が乗り入れ、東京、品川、渋谷、新宿、池袋等の東京都内主要駅に乗り換えなしでアクセスが可

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            武蔵小杉と言う街の不運【1】

            どういう言うタイトルにしようかと思ったけど、これしか思い浮かばなかった…。 街が綺麗になって、道が真っすぐになって、移動しやすくなって住みやすい街になったのは確かだけど、どうしても今の姿を見てしまうと、近年稀にみる雑多な再開発だなと思ってしまうのです。 ちなみに武蔵小杉の略称は「ムサコ」じゃなくて 「コスギ」 なのでよろしく。 (ムサコは武蔵小杉から7駅先の武蔵小山の事、あるいは武蔵小金井) 武蔵小杉という街との関わりdis記事が書きたいわけじゃなく、幼少期から就職直後

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            戦車道

            パンツァー・フォー的なあれではありません。 やたら広い道路東京都大田区の久が原という、大田区では田園調布に次ぐ高級住宅街と呼ばれる場所。 この住宅街に交通量が多いわけでもなく、バスが通ってるわけでもなく、国道等の主要道に繋がってるわけでもないのにやたらと広い道路が一本通っています。(ヘッダの写真の道路) 以前この近く(別に高級ではない家)に住んでおり、長年その存在に疑問を持っていました。 都市計画の都合上、どこにも繋がっていない作りかけの広い道路と言うのはよくあるのでそれ

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            「高輪」と「ゲートウェイ」

            何かと話題ですね、高輪ゲートウェイ駅。 自分も行ってきたのでこの駅と土地について書いてみようと思います。 駅名「高輪ゲートウェイ」という駅名は2018年に行われた公募をもとに決定されたという事は記憶に新しいかと思います。 高輪ゲートウェイの順位は130位と高くない上に、日ごろからカタカナ駅名という物に拒否反応を示す人が少なからずいるため、決定時からあまりいい印象を持たれなかった悲運な駅名です。 自分としては、また別の理由で残念な思いをしていました。 それが今回の内容です。

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            駅弁フォトグラメトリとは何だったのか

            xRArchi Advent Calendar2019 12日目の記事です。 今年は色々なイベントや活動に参加せていただきました。 主に大きな事柄として、 ・Photogrammetry Meetup vol.1 at TIMEMACHINEでの登壇 ・旧都城市民会館デジタルアーカイブプロジェクトへの参加 ・VRAA01の運営参加と作品提出 がありました。 今まで、自分で勝手に何かを作ってはインターネットの片隅に放出すると言う事はしてきたものの、「活動」と言えるような行動は

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            コンピューターグラフィックスと35年【4】

            MacとWindows学校でパソコンは使うものの、やはり家でもパソコンを使いたいと思うもの。 自宅のパソコンは父親に頼み込んで小2に頃に故障したままだったPC-88を修理に出してもらいそれを使っていましたが、ソフトを買ったりはしていなかったので新しい事が出来るわけでもなく、プログラミングも結局勉強しなかったので昔のゲームをするだけになっていました。 高校に入りパソコンを新調する事になり(本当は強請った)、学校に合わせてMacにするかどうか悩んだ結果、慣れ親しんだNECマシンを

            コンピューターグラフィックスと35年【3】

            中学に上がり、美術部に入ってちゃんと絵を勉強するようになります。 と言っても、今でも覚えているのは水張りの仕方くらいですが…。 脳を騙す遊び美術部に入ったとはいえ、自由に絵を描いていたと言うよりはお気に入りだった画家、エッシャーとマグリット2人の作品のよく模写していました。 単純に作品が好きだったわけですが、なんで好きだったのかを考えみると錯視とシュルレアリスム作品による脳が騙される感覚に快感を得ていたんだろうなと思います。 ちょうど同じころステレオグラムブームがあり、同級

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            コンピューターグラフィックスと35年【2】

            気づけば前回から一週間が過ぎてしまいましたが、続きです。 恐らく発売初期に父親が買ったと思われるPC-8801MkIIは、3年ほどで壊れてしまいました。 自分が小学2年生くらいの頃だったと思います。 原因はわかりませんが、父親は特に修理に出す事なく壊れたPC-88はそのまま放置されパソコン生活が終わりました。 しかし、父親は新しいコンピュータを買ってきます。 もう一つのコンピュータ新しいコンピュータ、それはツインファミコンでした。 我が家には初代のファミコンはなく、これ

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            コンピューターグラフィックスと35年【1】

            フリーランスでCGデザイナーをしている長坂と言います。 3DCGを生業とし、フリーランスとして始めてから2019年1月でありがたい事に15年目を迎える事ができました。 ちょうど節目でもあり、長年CGと言う物と接してきてどうやって今ここに立っているのか、無駄に記憶力のある内に自分の軌跡を辿ってみようと思いました。 ただの懐古語りにならない様しつつ、その理由は最後に纏めてみたいと思います。 パソコンとの出会い初めて触ったパソコンはNECのPC-8801MkIIでした。 約35年

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