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コンピューターグラフィックスと35年【1】

フリーランスでCGデザイナーをしている長坂と言います。
3DCGを生業とし、フリーランスとして始めてから2019年1月でありがたい事に15年目を迎える事ができました。
ちょうど節目でもあり、長年CGと言う物と接してきてどうやって今ここに立っているのか、無駄に記憶力のある内に自分の軌跡を辿ってみようと思いました。
ただの懐古語りにならない様しつつ、その理由は最後に纏めてみたいと思います。

パソコンとの出会い

初めて触ったパソコンはNECPC-8801MkIIでした。
約35年前、自分が4歳の頃です。
新しもの好きの父親が買って来たもので、パソコンを扱う仕事でもなく、いち家庭に必要だった時代でもなく、決して安いとは言えない物をどうやって母親を説得し購入したのか今でも謎のままです。
このパソコンにある忘れられないエピソード。
それは、当時ご近所さんにもPC-88を所有していた方がいて、父親がウチのゼビウスを持ってお宅へお邪魔した時の事でした。

「向こうの家のPC-88はゼビウスの音楽が鳴ってたよ」

どう言う事?
ウチのPC-88じゃ、敵を倒すパリパリって言う効果音しかならないのに、同じディスクで音楽が鳴る…?
当時はまだアーケードのゼビウスの存在も知らないのでそもそもBGMがある事も知りません。
なので、音楽が鳴る事の意味が分かりませんでしたが、ウチのPC-88ではその音楽が聴けない事に物凄くもどかしさを感じた覚えがあります。
のちに、ご近所さんが所有していたPC-88はマイナーチェンジ版として登場したPC-8801MkII SRと言う機種で、一世を風靡した名機と言われるパソコンだったと言う事を、大人になってから知る事になります。

楽しいお絵描き

当時4歳の幼稚園児がパソコンを使って何をしていたかと言えば、基本的にはゲームでした。
実際、家にあるソフトも前述のゼビウスをはじめパックマンロードランナーサンダーフォースなどと言ったゲームばかりがありました。
とは言え、同時期に発売されたファミコンとは違いゲーム用のコントローラーなど家には無くキーボードで操作します。
単純な操作のパックマンはともかく、アルファベットが読めない幼稚園児に画面の文字など読めず、たまにカナで書いてあっても意味が分からないのでひたすらスペースキーを叩いて記憶があります。
そんな中、父親がまた新しいソフトを教えてくれました。
ダ・ビンチと言うグラフィックソフトです。

ゲームパソコンとして知られていたPC-88シリーズの中で、数少ないクリエイティブツールだったと思います。
マウス対応で外部入力機器が使えるソフトでしたが、新しもの好きの父親はマウスではなくペンタブレット(デジタイザ)を用意しました。
現在とは違いペンとタブレットはケーブルで繋がれ、タブレット部はガラス面の液晶で作られた元祖「液タブ」でした(どう検索しても画像が見つからない…)。
これらを駆使し、幼稚園児はデジタルでお絵描きする事の楽しみを覚えてしまいました。

PC-8801MkIIにはデモディスクが付いており、サンプルのサウンドやグラフィックが表示されるだけのシンプルなデモムービーでしたが、これをどうも気に入っていた様で事あるごとに見せて欲しいとねだっていたような覚えがあります。

この頃からコンピューターに表示される綺麗な絵、コンピューターグラフィックスに興味を持ち始めたのだと思います。

人生の分かれ道

父親は自分に色々教えこもうとしていたように思います。
ある時、BASIC(プログラミング言語)の本を見せてきました。
サンプルも作って見せてくれて、プログラミングすれば幾何学模様をアニメーションさせる事が出来る、ゲームも作れる、と言う事を言っていたような気がしますが幼稚園児には理解が出来ないし、例え静止画しか描けなくてもクレヨンを握る様にペンタブでお絵描きをしていた方が何倍も楽しかったのです。
ここでプログラミングに興味を持っていたら、また別の道もあったのかもしれません。

そんなパソコン生活もある日突然終わりを迎えます。

PC-8801MkIIが壊れた!

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