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ないものを取り戻す─さすらい駅わすれもの室「本読む彼らのおとし玉」

2023.6.27 お知らせ📢「さすらい駅わすれもの室」をkindle出版しました。kindle unlimited(月額980円 初回利用は30日間無料)では0円でお読みいただけます。

clubhouseのつながりから生まれた「本読む彼らのお年玉」「思い出せない絵本」「語り部の記憶」は、次作以降に収められたらと思います。


わすれもの室+禁じられた金次郎+わにのだんす

「さすらい駅わすれもの室」の外伝を書いてみましたと膝枕iter(膝枕+writer)のやまねたけしさんから新年早々に連絡があり、タイトルの相談をしたいのでと公開に先がけて原稿を読ませてもらった。

わすれもの室に現れるのは、新作落語「禁じられた金次郎」に登場する金次郎の銅像たち。

となると、探しものはアレに違いないと思い込み、勘違いドタバタを想像して読み始めたところ、探しものはアレではなく、新年らしい心温まる話だった。

いくつかのタイトルの候補を挙げたなかで、やまねさんは「新年のおくりもの」を選んだ。

金次郎たちがアレを探しにわすれもの室を訪ねる話も書きたくなった。やまねさんの物語では、わすれもの室に電話がかかってきて、金次郎たちはホログラムで浮かび上がるのだが、実際にやって来るとしたら、どうなるだろう。

そこで思い出したのが、絵本『わにのだんす』のワニとわすれもの室を絡ませるという構想。

実は夜のわすれもの室をワニが守っていた……とツイッターで膝枕erたちと妄想した。

金次郎たちがアレを探しに来る展開も話に出ていた。

それもあって、やまねさんの原稿を読んだときに早合点してしまったのだが、発想した当時は季節の設定まで考えていなかった。ワニのいるわすれもの室に金次郎たちが訪れるのを新年を迎える時期にしてみたら、より面白く話が転がるかもしれない。探しものがアレなだけに。

新年ワードの「おとし玉」をダブルミーニングで使って、「本読む彼らのお年玉」。まずタイトルが決まった。

三人称単数のtheyはどう訳す?

「彼ら」には英語の「they」の新しい意味も込めた。

昨年、PEN Americaで平野啓一郎さんが講演されたのを配信で見たとき、登壇者が自己紹介で「自分の見た目(visual description)」とともに「自分を呼ぶときの人称代名詞」を伝えていて、「they」を三人称単数で使う呼び方を知った。

英語辞典Merriam Websterの「they」には、自分の性をnonbinaryと位置づけている単一の人を指すという語釈がある。

used to refer to a single person whose gender identity is nonbinary 

「nonbinary」を引いてみると、自分の性を男か女かに分けない主張を指すらしい。

relating to or being a person who identifies with or expresses a gender identity that is neither entirely male nor entirely female

neither entirely male nor entirely female。男とも女とも言い切れない性をtheyが引き受ける。

三人称単数のtheyは2019年9月にMerriam Websterに加えられ、この辞書の「今年の一語」に選ばれたらしい。昔からある単語なのになんで選ばれたんやというのが記事になっている

「単数形のTheyを使ったほうがええの?」という動画も興味深い。

視覚を使えない人への配慮とあわせて、性を分けないという配慮も当たり前になっていくのかもしれない。そこに必要なのは他者への想像力。言い換えれば思いやり。はからずも、やまねさんの「新年のおくりもの」と通じる話になった。

「本読む彼ら」に込めた三人称単数のtheyの意味を日本語に訳すとしたら、「彼ら」に代わる単語が必要になる。その言葉を求めて、わすれもの室を訪ねる人がいるかもしれない。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「本読む彼らのおとし玉」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

新しい年を迎えようとする真夜中、訪ねて来る友もなく、訪ねて行く先もとくにないわたしの足は、仕事場に向かっていました。

列車はこの日も休みなく走り、いつもの半分ほどの乗客がさすらい駅から乗り降りしているのですが、わすれもの室は年またぎの一週間、お休みするのが習わしになっていました。そのことで不便を訴えられたことは一度もありません。この時期、年わすれのあわただしさに追い立てられた人々は、いつもは開いているわすれもの室のドアが閉ざされていることにも気づかないようです。

最終列車がとっくに去ったさすらい駅に、ひとけはなく、駅全体がわすれられたように静まりかえっていました。また日が昇れば列車が走るはずの線路も、人々が行き交うはずのホームも、眠っているようにしんとしていました。

おや?

誰もいないはずのわすれもの室に灯りがともっていることにわたしは気づきました。

最後に出たときに消すのをわすれたのだろうかと思い、カーテンを閉ざした窓に近づくと、部屋の中で動く影がありました。

横長の頭。耳まで裂けた大きな口。その口を開けると、ギザギザの歯が見えました。

人の影ではありません。けれど、背広のようなものを着て、シルクハットのような帽子をかぶっています。現実には見かけることがないけれど、絵本の中にならいるかもしれない、そんな姿をしています。

その何者かが、いつもわたしが座っている椅子に腰を下ろし、わすれもの室の主のようにおさまっているのです。

そこは、わたしの場所です!
そこは、わたしの部屋です!

見知らぬ侵入者への警戒心よりも、自分の仕事場に勝手に踏み込まれたことへの反発がまさり、わたしは勢いよく、わすれもの室のドアを開けました。

「こんばんワニ」

きらきら光る帽子をかぶり、きらきら光る背広を着た侵入者は、力の抜けた声で間の抜けた挨拶をしました。無断で人の持ち場に踏み込んだ後ろめたさは微塵も感じられません。あまりに落ち着き払っているので、わたしのほうが気後れしてしまいそうでした。

「ここで何をしているんですか?」
「留守番をしているワニ」
「留守番? ここは、わたしの仕事場です。勝手に入られては困ります」
「ああ。昼間の当番さんワニか?」
「昼間の当番?」

自分の仕事を当番などと考えたことはありませんでした。朝になると、わすれもの室の鍵を開け、夜になると、わすれもの室に鍵をかけ、また朝が巡って来るまでの間、持ち場を離れはしますが、わすれもの室を守っているのはわたし一人だという自負がありました。

年またぎの休みの間だって、体は離れていても、心はわすれもの室を離れていません。だから、年が変わろうとするこの時間、気になって、様子を見に来てしまったのです。

その結果、どんなわすれものよりも珍妙な侵入者に遭遇することになってしまうとは。

「こちらは、夜の当番ワニ」
「夜の当番なんて聞いたことがありません」
「夜には夜の事情があるワニ。夜しか来られないお客さんもいるワニ」

まるでわたしが事情をわかっていないかのような口ぶりで侵入者がそう言ったとき、申し合わせたようなタイミングで、ドアの外から足音が近づいてきました。

「ほら、来たワニ」

侵入者がドアの外へ顔を向けました。

ずいぶん重々しい足音です。しかも、一人ではありません。二人、三人、それ以上。

ドアが開くと、なんと七人の団体であることがわかりました。これまた、人ではありません。動物でもありません。その七人は銅像でした。

薪を背負い、本を読む姿に見覚えがありました。

「もしや、あなたがたは……」
「ザッツライト。ウィーアー金次郎ズ」

先頭の銅像が、なぜか英語で応じました。かつては勤勉の象徴としてもてはやされ、各地の学校や役所に立つ姿をあちこちで見かけたものでしたが、近頃は時代にそぐわないとして撤去の動きがあることをニュースで知ったばかりでした。

身動きできないはずの銅像が歩いてわすれもの室にやって来る。実に仰天すべき光景ですが、シルクハットと背広姿のワニを見た後では驚きが薄れました。なるほど。昼間のわすれもの室に現れたら大騒ぎになってしまう訪問者のために、夜のわすれもの室のドアは開かれているのかもしれません。

「グッドイブニング。占い師の先生に聞いたら、あそこに行けば何とかなるんじゃないかって言われたもんでね。ボールのわすれもの、なかったかい?」

リーダー格の金次郎が英語まじりでたずねました。ボールはカタカナ読みよりも英語のballに近い発音でした。

「ボールのわすれものワニか」
「ボールのわすれものですか」

夜の当番を名乗るワニに負けじと、わたしはいつもより大きな声で応じました。

「では、こちらにご記入ください」

わたしは、この部屋の主がわたしであることを主張しようと、勝手知ったる振る舞いで受け付けの書類を差し出しました。

「おや、エブリバディ、見てみな。この紙、男か女か、書くところがねぇ」

リーダー格の金次郎が用紙を指差して言いました。

「以前はあったのですが、なくしました。男か女かに分けられない方もいらっしゃいますし、わすれものを探すのに性別は関係ありませんから」

昔気質(かたぎ)の金次郎さんには理解が難しいかもしれないと思いながらわたしが答えると、

「聞いたかジェン金?」とリーダー格の金次郎が後ろに控える細身の金次郎に声をかけました。

「聞きましたよジョン金兄さん。こんな小さな駅にも新しい時代は来ていますね」

ジェン金と呼ばれた金次郎がうれしそうに応じました。

「こいつはジェンダー事情に詳しいジェンダー金次郎。コールヒムジェン金」

「ジョン金兄さん、くどいようですが、私を呼ぶときの人称代名詞はheではなくtheyでお願いします」

「そうだった。ヒーでもシーでもなく、一人でもゼイって呼ぶのが最先端だぜい。コールヒムあらためコールゼムジェン金。そして、アイアムジョン金次郎。言わずと知れたジョン万次郎が俺のヒーローだ。それから、こっちのジーパンをはいている男前が石原金次郎。目を隈取りして見得を切っている歌舞伎役者っぽいのが市川金次郎。『芝浜』をブツブツ稽古しているのが三遊亭金次郎。全身からエロスがダダ漏れしているのが十八金次郎、人呼んで十八禁。薄い本を持って背中に翼が生えてるのが、異世界からやって来た転生金次郎」

よく見ると、転生金次郎が手にしている薄い本には「転生したら金次郎だった」というタイトルが入っています。

「そんでもって、本の形をしたビデオカメラで実況しているのがヒカリ金次郎。おい、勝手に歩き回って、物壊すんじゃねーぞヒカ金!」

ジョン金次郎が記入した書類には全員の名前が書かれていました。

どうやら七人の金次郎が皆ボールを探しているようです。七人が一斉にボールをなくすというのは一体どういう状況なのでしょう。

「ボールのわすれものでしたら、こちらにまとめてあります」

わたしは車輪のついた大きなカゴを奥からゴロゴロと引っ張ってきました。

ボールはわすれもの室の常連です。なにせ転がるので、右へ左へ、時には坂を転げたり、溝に落っこちたり、思わぬところに着地します。

野球のボール。テニスのボール。色とりどりのゴムボール。空気の抜けたビーチボール。色も大きさも弾み具合もまちまちなボールをカゴにまとめてあります。これだけあれば、全員のボールが見つかるかもしれません。

金次郎たちは早速カゴをのぞきこみました。

「ルックアットディスボール。こいつはなかなか立派なボールだ」

バスケットボールを見て、ジョン金次郎が言うと、石原金次郎がジーパンの膝を叩いて言いました。

「この堂々としたボールはぜひジョン金の兄貴に!」

異議なしと言うように他の金次郎たちがうなずきます。まるで、自分に似合う服を品定めしているような会話です。

「確かにいいボールだが、おさまりが悪いのがプロブレムだ」

ボールのおさまりが悪いとはどういうことだろうとわたしは首を傾げましたが、さがしもののボールはバスケットボールではないようです。

金次郎たちは、ボールの一つ一つを見て、真剣に吟味していきます。

これは赤すぎる、いや青すぎるなど色の良し悪しについて感想を言い合った挙句、「色がブライトだろうがダークだろうが関係ねぇ。大事なのは大きさと重さだ」とジョン金次郎が言い、議論はそちらに移りましたが、十八金次郎だけは色艶と手触りにこだわっていました。

「これは大きさも重さもちょうどいい。ジャストフィットだ」

ジョン金次郎がこれだというボールを見つけましたが、「右と左が揃っていないのがプロブレムだ」と残念がりました。

「右と左が揃ってねぇと落ちがつかねぇ、落ち着かねぇ」と三遊亭金次郎がそわそわし、

「ボールが揃ったとき、魔界の扉は開かれる!」と声変わりをしていないような高い声で転生金次郎が叫びました。

ボールが左右揃っていることは外せない条件のようです。服というより靴を探している感じです。

左右でひと揃いのわすれもののといえば、手袋ですが、わすれもの室に届けられるのは、たいていは片方ずつです。左右揃ったボールを七人が一斉になくしてしまう。そんなことがあるのでしょうか。

「これは大きさも重さもジャストフィットで右と左が揃っている。ワンダフルだが、はてさてアイワンダー、どうやってくっつけようか」

ジョン金次郎の言葉に、わたしはますます訳がわからなくなりました。くっつけるとは一体どういうことなのでしょう。

「お探しのボールは、どこで落とされたのですか?」
「落としたというより、フロムザビギニング、最初から抜け落ちていたんだなこれが」
「最初から抜け落ちていると言いますと?」
「俺たち全員ノーボールなんだよ」
「ノーボール?」

耳慣れない言葉にわたしが首を傾げると、

「ボールはボールでも、あちらのボールのことだと思うワニ」

夜の当番を名乗るワニが口を挟みました。ワニは、わたしの椅子にふんぞり返って、様子を眺めています。これではワニがボスで、わたしが使い走りだと勘違いされてしまいそうです。

「あちらのボールとはなんですか?」
「体についているボールのことワニ」
「体についているボール?」

そんなものない、と言いかけて、わたしはハッとしました。

もしかして、あちらのボールというのはそちらの……⁉︎

そうだとしたら「おさまりが悪い」のも「左右揃っていない」のも腑に落ちます。とんでもない勘違いに気づいて、わたしは顔が真っ赤になりました。

「ボールにも色々あるワニ」

ワニは椅子にふんぞり返ったまま人生の先輩のような口ぶりで言いました。まったく面白くありませんが、言い返す言葉を思いつきません。

「ここはわすれものを見つけるところです。最初からないものは見つけられません」

「そこを何とかするのが人情ってやつじゃねーのかよ?」と石原金次郎がいきり立つのを、「落ち着けジーパン」とジョン金次郎がいさめて続けました。

「我々金次郎は生物学上は男ではないってわかったときは、寝込むやつもいました。アイデンティティ・クライシスってやつです。年を越す前に何とかボールを手に入れて男になりてぇって、すがる思いでこちらにやって来た次第で」

わかりますとわたしは深くうなずきました。しかし、わたしにはどうすることもできません。

「男として作られたのにボールをつけ忘れるなんて、中途半端にもほどがあります。私にはボールは必要ありません。でも、ボールを手に入れた上で、手放すという選択をしたいんです。区切りをつけて、新しい自分になって、新しい年を歩み出したいんです」

揺れる胸の内を訴えるジェンダー金次郎の声はふるえ、涙混じりになっていきました。

ボールをとっかえひっかえ体に当てて、面白おかしく茶化した動画を撮っていたヒカ金次郎は、こっちのほうが撮れ高があるぞとジェンダー金次郎にカメラを向けましたが、「ヒカ金、ドント。やめておけ」とジョン金次郎に睨まれ、カメラを下ろしました。

壁の時計に目をやると、年をまたぐまであと五分しかありません。五分で何ができるのでしょう。来たときよりも明るい顔でわすれもの室を後にしてもらうことに、わたしはこの仕事の手応えを感じているのですが、金次郎たちの顔はどんどん重苦しく思い詰めていきます。

いや、わたしは昼の当番。今の時間は業務時間外。ふとそんな考えに逃げ込もうとした自分が情けなくなりました。

こんなことになるなら、家でじっとしていれば良かった。のこのこ駅までやって来るんじゃなかった。わすれもの室の窓に灯りがついているのに気づいて、ドアを開け、わたしの席に居座っているワニを見つけてしまったのが運の尽きでした。

「どうしてくれるんですか?」

金次郎たちの探しものが見つからないのはワニのせいではないのですが、わたしが巻き込まれたのはワニのせいです。言っても解決しないことは承知の上で、ワニをなじらずにはいられませんでした。

「こうなったら」

椅子にふんぞり返っていたワニは突然立ち上がると、

「踊るワニ」

とポーズを決めました。

こうなったら踊る。どんな思考回路なのでしょう。

ワニは軽やかに踊りだしました。

「わーにのだんすは だんだんだんす
 わーにのだんすは ばんばんだんす
 わーにのだんすは ぶんぶんだんす」

踊ったところで何になるのだとわたしは鼻白みました。そんなことでお茶を濁されても金次郎たちは誤魔化されないでしょう。ところが、

「いいぞいいぞ!」
「よ! ワニ屋!」

金次郎たちは拍手喝采、大喜び。

「姿形なきものを、さもあるがごとく。さもあるがごとーく」

市川金次郎が見得を切ってそう言うと、

「よ! タマカネ屋!」

威勢のいい掛け声が飛びました。

金次郎たちはワニと一緒に歌い踊りだしました。

「ボールのダンスはダンダンダンス
 ボールのダンスはバンバンダンス
 ボールのダンスはブンブンダンス」

わすれもの室の中で踊っていないのはわたしだけでした。

「さあさあ丁稚さんもツギャザーご一緒に」

ジョン金次郎がわたしの手を引きました。やはりこの部屋の主はワニで、わたしは下っ端だと思われていたようです。やけくそになってわたしも一緒に歌い踊りました。

「ボールのダンスはフラフラダンス
 ボールのダンスはブラブラダンス
 ボールのダンスはプラプラダンス」

踊っているうちに時計の針はてっぺんで重なりました。ワニと七人の銅像と踊りながら新年を迎える。なんという年越しでしょう。

これは夢に違いないと思いつつ、わたしの目も頭もどんどん冴えていきました。

最初からないわすれものを探しに来た金次郎たち。

踊ることで何とかしようとしたワニ。

ないものをさもあるがごとく、一緒に踊った金次郎たち。

わすれものが見つからなくても、取り戻せるものがあるのだと目の前の出来事はわたしに教えてくれました。

気の済むまでわすれものに向き合う。その時間と気持ちを費やすことで、いくらかは取り戻せるのです。たとえそれが最初からないものであったとしても。

それぞれのおとし玉を受け取った金次郎たちは、新しい年にふさわしい晴れやかな顔つきになって、帰って行きました。足音が遠ざかり、後ろ姿が闇に紛れるその背中を見送り、わたしもわすれもの室を後にしました。冷たい夜の空気が、ほてった頬には心地よく感じられました。

ふと、わたしはわすれものに気づきました。夜の当番さんに聞きたいことがあったのです。

「ワニさんにはボールがあるのですか?」

引き返そうとして振り返ると、わすれもの室の灯りは消え、さすらい駅は静まり返っていました。

Clubhouseでの朗読はご自由にどうぞ。「膝が出ないじゃないか‼︎」とならないよう膝枕リレーclubではなくものがたり交差点clubからroomを立てていただくのがおすすめ。もちろんご自分のclubからでも。

金次郎にも色々ありまして

金次郎は最初十三人にしたものの描き分けが苦しく七人に。

「ノーボールというのは、ボールがないということです。ボールがないというのは、つまり、ボールがないということです」と言わせたくて「紙ストローを口にくわえ、口癖はエコ」な小泉金次郎を思いついたものの却下。

clubhouse朗読をreplayで

2022.5.31 宮村麻未さん

2022.8.23 中原敦子さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。