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イブに30分だけ目覚めて眠る彼女たち─間違いだらけのクリスマス

自分の書いたものはどれも愛着があるけど、とりわけ無性に愛おしい作品があり、『間違いだらけのクリスマス』は間違いなくそのひとつだ。

2017年に一度だけ上演された朗読作品。2017年を2020年に変えて、今年のクリスマスプレゼントに。

【追記】公開から1年。2021年に読まれる方は、西暦を2021年に変えてお読みください。(以降、そのときの西暦に合わせていただければ)

今井雅子作「間違いだらけのクリスマス」

【登場人物】
ナレーター
サアヤ型マネキン
マミ型マネキン
リエ型マネキン
若い男
若い女
警備員
恋人
泥棒

ナレーター「西暦2020年、12月24日、午後11時30分。月明かり射すデパートのショーウィンドウの中で、彼女たちは目を覚ました」

サアヤ「(目覚めて)あれ? (寝惚けて辺りを見回し)おはよう……」
リエ「(反応鈍いがクールに)おはよう。真夜中だけど」
マミ「(ぼんやりと独り言のように)なんか、すごく眠った気がする」
サアヤ「ねえ、わたしたちって、ここで何してるの?」
リエ「立ってる」
マミ「うん。立ってるよね。灯りの消えたショーウィンドウの中で、おめかしして、すまして立ってる」
リエ「まあ、それが仕事だから」
サアヤ・マミ「仕事?」
リエ「わたしたちマネキンでしょ? 見ての通り」
サアヤ「マネキン、だね」
リエ「わたしはリエ型マネキン。あなたはサアヤ型。あなたはマミ型。ガタガタうるさいから、リエ、サアヤ、マミでいいよね?」
サアヤ「すごいね。寝起きなのに、テキパキしてる」
マミ「(まだぼけっとして)マネキンって、しゃべれるんだ?」
リエ「わたしたち、おしゃべり機能つきだから」
マミ「おしゃべり機能?」
リエ「ほら、ここにスピーカーがついてて、セールやイベントのお知らせをアナウンスできるのよね」
サアヤ「ああ、そうだった。再生スイッチ、これだ。押します。『(機械音声)みんなに幸せの魔法がかかる。2020年のクリスマスは、マジカル&ファンタスティック』。なるほどね……。えっ?」
3人「2020年!?」 
サアヤ「ってことは……」
3人「21世紀!?」
マミ「わたしたちって、たしか、21世紀型マネキンって言って、売り出されたのよね?」
リエ「そう。おしゃべり機能つき21世紀型マネキン」
マミ「生産されたときは、まだ20世紀」
サアヤ「わたしたちに時代が追いついたってこと!?」
リエ「ねえ、他の録音も聞いてみようよ。わたしの、再生するよ。『(機械音声)今年のクリスマスはインスタ映えアイテム続々! インスタフォローでクーポンダウンロード!』」
リエ「何、今の?」
マミ「インスタバエって何?」
サアヤ「外国のブランド?」
リエ「デザイナーの名前とか?」
サアヤ「やっぱり20世紀じゃないね」
マミ「わたしのは何が入ってるんだろ。『(機械音声)最新VRとAIのナビゲートでバーチャルショッピング。今すぐQRコードにアクセス』」
リエ「もはやSFだね」
サアヤ「おそるべし21世紀。あれ? わたしたち、録音した言葉しかしゃべれない設定じゃなかった?」
リエ「そうだけど?」
サアヤ「でも今、普通にしゃべれてる」
マミ「うん。思ったことをそのまま言葉にできてる」
リエ「それがクリスマスの魔法なんじゃないの?」
サアヤ「クリスマスの魔法……」
リエ「クリスマスって不思議なことが起きても不思議じゃないし」
マミ「(反復)不思議なことが起きても不思議じゃない……」
サアヤ「これまでにも、こういうことがあったのかな?」
マミ「目を覚ましたのが、はじめてじゃないってこと?」
サアヤ「もしかしたら、毎年、クリスマスのたびに目を覚ましてるのかも」
マミ「でも、何も覚えてない」
サアヤ「うん。毎年、今みたいな会話を繰り返しているのかも」
リエ「魔法が解けたら、その間に起きたことは消えちゃうってわけ?」
サアヤ「ねえ、この魔法って、いつまで続くの?」
マミ「日付が変わるまで?」
サアヤ「そうなの?」
マミ「魔法って、真夜中の12時になったら解けちゃうものだから」
リエ「ああ、シンデレラ的発想ね」
サアヤ「壁の時計、いま11時41分だって」
マミ「じゃあ、あと19分……。19分で何ができるかな」
リエ「何って?」
マミ「せっかく目を覚ましたんだから、何かしたくない?」
サアヤ「うん、したい」
リエ「え? なんで?」
サアヤ「記念?」
マミ「そう。足跡、みたいな」
リエ「そんなことして、何になるの?」
マミ「何って……」
リエ「12時になったら、全部消えちゃうんだよ」
マミ「全部消えちゃうかどうか、わからないじゃない」
リエ「だって、覚えてないよね? 去年のクリスマスのことも、一昨年のクリスマスのことも」
マミ「覚えてないけど……」
サアヤ「でも、クリスマスのことは知ってる。クリスマスは恋人たちの季節で、ポケベルを鳴らし合って、待ち合わせをするの。0906は『おくれる』。10105は『今どこ?』」
マミ「どうして10105が『今どこ?』になるの?」
サアヤ「1が『い』、ゼロがマルで『ま』、10がとおで『ど』、5が『こ』、じゃないかな」
リエ「ねえ、ショーウィンドウの外を見て。歩いてる人たちの手元」
マミ「みんな、四角い小さな板を見てる」
サアヤ「あの板、何だろ? ゲームかな」
マミ「板に向かって、しゃべりかけてる人がいる」
サアヤ「ほんとだ。あの人も、ほら、あの人も」
リエ「21世紀は、あの板が電話になってるんじゃない?」
サアヤ「そうなんだ……」
マミ「ポケベルの時代、終わったんだ」
サアヤ「なんか、浦島太郎になった気分」
マミ「うん」
リエ「浦島太郎って、昔話の主人公だよね?」
サアヤ「そう。助けた亀に連れられて竜宮城に行って、夢みたいな楽しい時間を過ごしている間に地上では何十年も経っていて」
マミ「乙姫様に持たされた玉手箱を開けたら、おじいさんになっちゃうの」
サアヤ「そうそう。絶対開けちゃダメって言われてたのにね」
マミ「絶対開けちゃダメって言われたら、開けたくなっちゃうよね」
リエ「そういう知識って、マネキンには必要ないよね?」
サアヤ・マミ「ないよね」
リエ「わたしたちって、欠陥製品なんじゃない?」
サアヤ・マミ「欠陥製品?」
リエ「工場から出荷されたときの初期設定が間違っちゃってるんじゃない? 余計な知識っていうか情報っていうか、色んなこと知っちゃってるし、色んなこと考えちゃってる。マネキンに不必要な個性とか感情まで搭載されちゃってる」
サアヤ「ちゃってるね」
マミ「ちゃってる」
リエ「そもそもマネキン同士が会話する必要なんて、ないよね? おしゃべり機能つき21世紀型マネキンに、無駄口機能がついちゃってる。そのいらない機能が使えるのは、どうやら期間限定っぽいけど」
サアヤ「つまり今?」
リエ「そう。つまり今。これって、クリスマスの魔法じゃなくて、年に一度の誤作動なのかも」
サアヤ・マミ「誤作動?」
マミ「そっか……。リエの言う通りなら、わたしたち、間違いだらけだね」
サアヤ「間違いだらけ?」
マミ「間違って生まれてきて、間違って目覚めて……」
サアヤ「でも、目覚めた間に起きたことは、何も覚えてない……。なんか、むなしいね」
マミ「うん、むなしい」
リエ「ちょっと、サアヤもマミも何湿っぽくなってんの? ほらもう残り14分になったよ。せめて目覚めてる間だけでも明るく楽しくやろうよ」
サアヤ「うん……そうだね」
マミ「……やだ」
サアヤ・リエ「え?」
マミ「忘れちゃうなんて、やだ。せっかく目覚めたのに、何にも残らないなんて、やだ」
リエ「やだって言ったって……」
サアヤ「そうだっ。今の会話を録音しとけばいいんだ!」
マミ「録音?」
サアヤ「わたしたち、アナウンスを録音する機能がついてるじゃない? それを使うの」
マミ「なるほどー」
リエ「でもさ、それって記憶じゃないよね。記録だよね」
サアヤ「そうだけど……」
リエ「それに、たしか録音制限時間あったよ。十秒だったかな」
マミ「たった十秒?」
サアヤ「『(機械音声)みんなに幸せの魔法がかかる。2020年のクリスマスは、マジカル&ファンタスティック』」
リエ「そんなもんだね」
サアヤ「十秒でもいい。自分の体に、目覚めた証を残そう。いい? わたしから行くよ。録音スイッチ、押しました。『えっと……サアヤ型マネキンです。今は2020年12月24日、午後11時48分』。ああっ、日付だけで終わっちゃった」
リエ「十秒じゃ何も言えないよ」
サアヤ「そうだね。情報は伝えられても、気持ちは伝えられないかも」
マミ「やっぱり、記録じゃなくて、記憶に残したい」
リエ「だから、残せないんだってば。全部消えちゃうの」
マミ「わたしたちの記憶からはね」
リエ「え?」
マミ「わたしたちが忘れちゃうなら、誰かに覚えていてもらう」
サアヤ「誰かって?」
リエ「ここには、わたしたちしかいないじゃない」
マミ「外にいる誰か」

ナレーター「マネキンたちはショーウィンドウの外に目をこらした。灯りの落ちたデパートの前を足早に通り過ぎる人々は皆、手元の小さな板に目を落とし、誰もマネキンたちには目もくれない。そんななか、ひと組の男女が、ショーウィンドウの前で足を止めた」

マミ「決めた。あの二人にわたしたちのこと覚えていてもらう」
リエ「あの若い二人?」
サアヤ「恋人同士かな。おそろいの箱みたいなの、持ってる。何の箱だろ」
マミ「うーん。暗くてよく見えない」
リエ「なんか、もめてない?」
サアヤ「ケンカしてるみたい」
マミ「あの二人を仲直りさせる。そしたら、二人はわたしたちのこと忘れない」
リエ「どうやって仲直りさせるの?」
マミ「おーい、ケンカしたままでいいの? 日付が変わっちゃうよー」
リエ「無理無理。こっちの声はガラスの向こうの二人には届かないの」
マミ「振り向かせてみせる。おーい。こっち見て。こっちこっち。おーい。ダメだ」
リエ「ここライト当たってないし。あっちから見えてないかも」
サアヤ「もっと大きく動いたら、気づくんじゃない? ヘイ! ヘイ! こっち見て! カモン! プリーズ! ビッテ! シルヴプレ! ペルファヴォーレ!」
リエ「何語で言っても無理」
マミ「すごいね。辞書機能もついてる」
サアヤ「ダメか……」
リエ「まさかマネキンが呼びかけてくるとは思わないよね」
マミ「……よし、踊ろう」
サアヤ「え? 踊るの?」
マミ「時計見て」
サアヤ「あと8分」
マミ「泣いても笑っても、あと8分。あの二人を振り向かせよう。クリスマスの魔法を見せてあげよう」
サアヤ「うん。わかった。踊ろう。リエもやろうよ」
リエ「みっともないよ」
マミ「恥かいたって忘れちゃうんだから、いいじゃない」
サアヤ「そうだよ。せめて目覚めてる間だけでも明るく楽しくやろうって、リエが言ったんだよ?」
リエ「湿っぽいのがイヤだっただけ。せっかく踊っても、あの二人、全然こっち見てないし。間違って生まれて、間違って目覚めて、これ以上、余計なことしなくたっていいんじゃない?」
マミ「間違いだらけだって、いいじゃない!」
リエ「え?」
マミ「間違いだらけでも、わたしは思いっきり生きたい。最後の一秒まで、生ききりたい。たとえわたしたちからその記憶が消えてしまっても、たとえ誰も覚えていてくれなくても、せっかく目覚めたんだから」
サアヤ「そうだよね。間違いだらけのクリスマスに、わたしたちで魔法をかけよう。思いっきり楽しい魔法。明日のことはわかんないけど、今だけはメリークリスマス!」
マミ「メリークリスマス!」
リエ「あーもうわかった。どうせ間違いだらけなら、思いっきりわたしらしくないことしてやるっ。ええいっ、イエーイっ。メリークリスマス!」

ナレーター「月明かり射すショーウィンドウの中でマネキンたちは踊った。戸惑い、おののき、不安、絶望まじりの希望、葛藤の挙げ句の開き直り……。マネキンには必要のない感情をバクハツさせて。束の間の命が宿った体を目一杯動かして。一方、ショーウィンドウの前でも、若い男女の言い争いは激しさを増していた」

若い女「ねえ、これって詐欺だよね?」
若い男「詐欺じゃねえよ。人助けだよ」
若い女「詐欺だよ。歳末助け合い募金にご協力をって言って、あたしたちがくすねちゃうんだよ? 善意の横取りだよ」
若い男「オレたちの生活が助かるんだから、助け合いじゃね? でも、これっぽっちじゃ、年越せないよな。音の鳴る金ばっかり。折り畳める金寄越せっての」
若い女「だったら、ちゃんと働こうよ。こんなの間違ってるよ」
若い男「やべー」
若い女「そうだよ、やばいよ」
若い男「マジやべー」
若い女「え? どこ見てんの? え? ええっ」

サアヤ「やったー! こっち見た!」
リエ「二人とも、すごい見てる」
マミ「ケンカやめたよ!」

ナレーター「マネキンたちは喜びを分かち合ったが、ショーウィンドウの前の若い男女が分かち合ったのは、別な感情だった」

若い男「(おびえて)ば、ばあちゃんだ……」
若い女「ばあちゃん?」
若い男「田舎のばあちゃんが言ってた。俺が間違った道に行きかけたときは、化けて知らせに行くぞって。間違いない。あの動き、ばあちゃんの阿波踊りだ」
若い女「そういえば、あたしの田舎のじいちゃんも言ってた。あたしが間違った道に行きかけたときは、化けて知らせに行くぞって。間違いない。あの動き、じいちゃんの河内音頭だ」
若い男「俺のばあちゃんと、お前のじいちゃんが、怒ってる……」
若い女「3人いるけど?」
若い男「もう一人は、神様だ」
若い女「神様?」
若い男「ばあちゃん、神様、ありがとう(手を合わせる)」
若い女「じいちゃん、神様、ありがとう(手を合わせる)」

サアヤ「ねえ、すごいよ。あの二人、わたしたちに向かって、手を合わせてる」
マミ「良かったね。これでわたしたちのこと、覚えていてくれるね」
サアヤ「うん。クリスマスの魔法、かけちゃったね」
リエ「ううん、クリスマスの奇跡だよ」

ナレーター「マネキンたちにおめでたい勘違いをプレゼントして、若い男女は足取り軽くショーウィンドウの前から立ち去った。首から下げた募金箱の中でぶつかりあう小銭が、鈴の音のように高らかに鳴った。一方、マネキンたちの知らないところで、この光景を見ていた人物が、もう一人いた。デパートの宿直室にいる警備員の男である」

警備員「(ブツブツ)結婚しよう。結婚しないか。結婚っていいもんじゃないか……。あーダメだ。絶対言えねえ。世の男たちは、こんなこっぱずかしいセリフ、どうやって言ってるんだ?」

ナレーター「防犯カメラの映像をやる気なくモニターしながら、男は、つきあって十年になる恋人に今さらどうプロポーズしたものかと考えあぐねていた。そのとき男の携帯電話が鳴った」

警備員「あ、どうしよう。あいつ怒ってるよな絶対。クリスマスイブになんで夜勤入れるんだって。(出て)もしもし?」
恋人「あ、出た」
警備員「そりゃ出るよ」
恋人「仕事中にプライベートの電話出ていいんだ?」
警備員「そっちがかけてきたんだろ?」
恋人「ヒマだから」
警備員「仕方ないだろ。誰かがやらなきゃいけないんだ」
恋人「待ちくたびれちゃった」
警備員「朝までだから。6時には帰れるから。夜明けのコーヒーを飲みながら、クリスマスケーキを食べよう」
恋人「じゃなくて。私もう35だよ。知ってる? 25過ぎたら売れ残りのクリスマスケーキって言われるの。そっから十年経ってんの。いつまで待たせる気?」
警備員「なんだ、待ってたんならそう言えよ。心配するな。俺が引き取ってやる」
恋人「そういうんじゃない」
警備員「は?」
恋人「そういうの、待ってなかった」
警備員「どういうの待ってたんだよ?」
恋人「もっと歯が浮くようなやつ。うれしくって、駆け出しそうになっちゃうやつ」
警備員「は? いい歳こいて、何乙女みたいなこと言ってんだよ?」
恋人「十年待たせたんだから、それくらいやってよ」
警備員「俺にそんなクサい芝居できるわけねーだろ。ありえねえ。マネキンが踊り出すぐらい、ありえねえ。ええええっ」
恋人「ちょっと何よ? 大きい声出して」
警備員「マ、マネキンが、踊り狂ってるー!」 

ナレーター「こうして、警備員の男は、昔話の王子様もびっくりなこっぱずかしいプロポーズをする羽目になった。だが、その男以上に、マネキンたちに人生を狂わされた男がいた。デパートに忍び込んだ泥棒である」

泥棒「へっへっへ。このデパート、セキュリティ甘いな。警備員寝てるんじゃねえか。(ギョッとして)え、誰かいるっ……誰だ?(耳を澄ませる)」

リエ「みっともないよ」
マミ「恥かいたって忘れちゃうんだから、いいじゃない」
サアヤ「そうだよ。せめて目覚めてる間だけでも明るく楽しく行こうって、リエが言ったんだよ?」

泥棒「おれより先に忍び込んだヤツらか? 仲間割れしてやがる。まったく、このデパート、泥棒ホイホイだな。ちゃんと仕事しろよ警備員」

リエ「間違って生まれて、間違って目覚めて、これ以上、余計なことしなくたっていいんじゃない?」
マミ「間違いだらけだって、いいじゃない!」
リエ「え?」
マミ「間違いだらけでも、わたしは思いっきり生きたい。最後の一秒まで、生ききりたい。たとえわたしたちからその記憶が消えてしまっても、たとえ誰も覚えていてくれなくても、せっかく目覚めたんだから」
サアヤ「そうだよね。間違いだらけのクリスマスに、わたしたちで魔法をかけよう。思いっきり楽しい魔法」

泥棒「(うたれて)間違いだらけだって、いい……。そうだよ……そうだよぉぉぉぉぉぉ」

ナレーター「泥棒は何も取らず、忍び込んだ裏口からデパートの外へ出た。そこに、箱の中でぶつかり合う小銭の音を響かせながら、若い男女が近づいてきた。箱には『歳末助け合い募金』と乱暴に書きなぐってあった。泥棒のポケットの中には、百円玉が7枚と十円玉が3枚」

泥棒「細かくって悪いけど、全部受け取ってくれ。おれの気持ちだ!」

ナレーター「そこに、携帯電話を握りしめた女が弾む足取りで走ってきた」

恋人「(走ってきて)ねえ、私にも募金させて! この舞い上がりそうな幸せを誰かに分けたいの!」
若い女「いいんですか。こんなに!?」
恋人「結婚資金、溜め込んでるから。ダテに歳食ってないわよ」
若い男「すげー。折り畳める金だー。音の鳴らない金だー!」
泥棒「悪かったな。折り畳めない、音の鳴る金で」
恋人「もう、彼があんなこと言うなんて、びっくり。(うっとり思い出して)十年前、俺は最高の女に出会った。十年経って、最高の女は、ますます最高の女になった。熟成したんだよ、極上のワインみたいに。お願いだ、そのワインを俺だけに味わわせてくれ。一生かけて」
若い女「うわっ。恥ずかしっ。それ言わせちゃったんですか」
恋人「言わせちゃったー。あのプロポーズを聞くために、この十年があったんだなって。彼を待ってたのは間違いじゃなかった。うれしくって、彼の職場まで走ってきちゃった!」
泥棒「もしかして、あんたの彼氏の職場って、このデパート?」
恋人「そう。朝まで泊まり込みで警備をしてるの」
泥棒「あんたの彼氏、仕事してねーぞ」
恋人「え?」
泥棒「いや、なんでもない。おめでとう。間違いだらけのクリスマス万歳!」
若い女「おめでとうございます。メリークリスマス!」
若い男「メリークリスマス!」
恋人「ありがとう♡」

ナレーター「ショーウィンドウの反対側、デパートの裏口前で、そんなささやかな奇跡が起こっていることを、マネキンたちは知らなかった。やがて時計が12時を打ち、3体のマネキンは再び眠りについた。これから364日と23時間30分眠り続け、次に目が覚めたときには何も覚えていない。だが、彼女たちの口元には、心なしか笑みが浮かんでいるように見える。ショーウィンドウを照らす月明かりは、そう思うのだ」

(The Happy End)

第九か芝浜か「#まちクリ」か(2020年)

「間違いだらけのクリスマス」は朗読ユニット音due.(おんでゅ)で出会った声優の大原さやかさんの朗読ラジオ番組「月の音色~radio for your pleasure tomorrow~」の公開録音イベント(2017年12月9日)での生朗読用に書き下ろしたもの。収録CDは品切れで残念。

声優さんは声で何にでもなれるから、人間以外のものがいいなと思い、マネキンにした。

大原さやかさん、ゲストの能登麻美子さんと釘宮理恵さんの3人にあて書きして、マネキンの名前はサアヤ、マミ、リエに。クリスマス前のイベントということで、舞台はクリスマスのショーウィンドウに。年に一度、クリスマスイブの真夜中に30分だけ目覚める間の出来事を月明かりが見守る。そんな物語にした。

日付が変わると、再び眠りにつくマネキンたち。次に目覚めたときには、以前の記憶は消えている。出荷時にインプットされた情報や機能は残っているけれど、思い出は残せない。その設定は、ラジオドラマ『雪だるまの詩』(note「雪だるまと一緒に思い出とか気持ちとか固めてる」にて紹介)の主人公が抱えるウェルニッケ脳症の症状に重なる。

記録はできても記憶はできない。だったら、通りすがりの人に自分たちを覚えていてもらおう。その発想も『雪だるまの詩』に通じる。

目覚めるたび、自分たちの境遇を知り、戸惑い、嘆き、自暴自棄になり、許された時間の中で何かできないかともがき、小さな手応えに心を弾ませる。間違って生まれて、間違って目覚めて、それでも30分を懸命に生ききろうとする彼女たちがいじらしく、愛おしい。

悪人になりきれない詐欺師も泥棒も、仕事しない警備員もプロポーズが待てない彼女も、みんなけなげで、愛おしい。

親バカやけど、クリスマスらしい、ええ作品やないの。第九や芝浜みたいに毎年この時期にどこかでかかって欲しい。親バカですみません。ハッシュタグは「#まちクリ」で。ほんま親バカで……。

クリスマスイブの午後11時30分になると、月明かり射すデパートのショーウィンドウで彼女たちは目を覚ます。

そして、今年も30分限りの一生を生きる。

膝枕erたちが読む2021年

noteに公開してから1年。Clubhouseで出会った膝枕erさんやそのつながりの人たちがマネキンたちを見つけて、次々読んでくれている2021年12月。物語の中では30分だけ目覚める彼女たちが、何度も命を吹き込まれるさまを、胸を熱くして聴いています。

clubhouse朗読をreplayで

2022.11.20  こもにゃん×おもにゃん×ひろ×こたろん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。