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その鳥の名は、本といいます。

物を手放すより、その存在を忘れているほうが罪は深い。ということに気づかせてくれた『人生がときめく片づけの魔法』をバイブルに家の中の地層を掘り返す作業を続けていたある日、昔使っていた手帳が発掘された。

ルーズリーフ形式のものがバラバラになっていた。いつ書いたか思い出せないどころか、書いたことすら忘れていたメモが地層から引っ張り出された。

一枚、また一枚。

どれも悪筆の走り書きで読みづらい。その一枚の解読を試みた。

手書きのメモ。文字起こしは本文に。

最後の2行「book どこにでもとんでいける」から、カンヌ広告祭で出会った読書週間のコピー「You can take a book anywhere and vice-versa」に影響を受けて思いついたものと思われる。そのコピーのことを1998年7月1日の日記に書いていた。

YOU can TAKE a BOOK ANYWHERE and VICE-VERSA.(本はどこにでも連れて行ける。その逆に、どこにでも連れて行ってくれる。)

Waterstone book storeの「本を読もう」キャンペーンのシリーズ。キャッチコピーをあしらった装丁の本がキービジュアル。同じシリーズで、NOTHING COULD even BE MORE OFFENSIVE in a book than sensorship.(本の中でいちばん攻撃的なのは、感覚だ)、The most effective tool for Escape from Prison isn’t a shovel.(刑務所から脱出する最も有効な道具はシャベルではない)。

1998年7月1日の日記

となると、メモは20世紀の遺物ということになる。

コピーライターとして会社勤めの傍ら脚本コンクールに応募するようになり、初めて受賞したのが1998年だった。当時、手帳はスケジュールよりもネタを書きつけるものだった。

電車の中で取り出して書くことが多かった。文字がふにゃふにゃなのはそのせいかもしれない。

謎のままの箇所がいくつかあるが、判読できたものを書き起こしてみた。

長い旅を終えて、羽根はすっかり抜け落ち、いちばん丈夫な外側の羽根をとどめているだけでした。

「羽根は物語を届けたのよ」とお母さんが言いました。

どんな物語を抱いていたのだろうと母と娘は語り合いました。

「かわいそうに」と私が言うと

「いいえ、羽根は
 海風に吹かれるアザラシの毛になり
 あたたかい毛布になり
 穴の中の春になったのよ」

その鳥の名は、本といいます。

表紙だけをとどめた本を私たちは本棚に納めました。

「その鳥の名は、本といいます。」というタイトルで2011年7月26日(火)の日記に記した。

日記の中の昔は、さらに昔になった。今は、スマホのメモに思いつきをメモする。悪筆の判読に苦労することはなくなったが、時間が経つと、断片がつながらなくなる。  

つぶやきのような詩のようなものは、物語の一部だったのか、全部だったのか。

地層から顔を出したメモの一枚一枚が鳥の羽根の一枚一枚のようにも思える。

絵をつけて動かしてみたくもある。

YOU can TAKE a BOOK ANYWHERE and VICE-VERSA.を試しに検索ボックスに入れてみたら、広告のビジュアルが現れた。D&AD Awardsという広告賞の1998年の受賞作品として。

再会した「本」は、記憶に残っているものより美しく、力強かった。


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。