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【感想】劇場映画『ミッシング』

後から振り返ったときに間違いなく2024年の邦画(より正確には日本で公開された映像作品)を代表する1本になるであろう大傑作

石原さとみ

人気の割に実力が過小評価されてきた女優だと思う。
ぶっちゃけ作品選びになぜか恵まれないというか…石原さとみの演技は決して悪くないのに作品全体の評価が高いものに巡り合えてこなかった印象(失礼な物言いですみません)

興行的にも批評的にも成功した『シン・ゴジラ』でさえ「石原さとみの演技は〜」とか言われてしまう始末。

個人的には往年の特撮怪獣映画ノリを彷彿とさせて好きでした。
そもそもあれは庵野秀明なり樋口真嗣なりの演出の結果だから石原さとみの責任ではないと思いますしね。

しかし、2018年1月クールの連続ドラマ『アンナチュラル』で遂にそんな汚名を返上する機会が。

野木亜紀子の脚本や塚原あゆ子監督の演出も素晴らしく、いわゆるパブリックイメージの「可愛い石原さとみ」を脱却する新たなステージへ。
今夏には『MIU404』も含むユニバース作品『ラストマイル』が公開予定ですね。

しかし、その後の出演作は再びラブコメ路線へ。

もちろん脚本家は今まさに朝ドラ『虎に翼』が放送中の吉田恵里香やレジェンド野島伸司ら錚々たる面々。
何も考えずにただ来たオファーを受けているわけではなさそうなのだが、結局「可愛い石原さとみ」路線に戻ってしまうのか?

そんなわけで1年前に「𠮷田恵輔監督の新作の主演は石原さとみ」という発表があった時は驚いた。

TBSのトーク番組『A-Studio+』によると𠮷田恵輔監督の起用案に対して故・河村光庸プロデューサーが大賛成だったそう。
映画『ヴィレッジ』に石原さとみがコメントを寄せていたのはそういう経緯だったのか。

女優
石原さとみ

ゴミクズが憎くて切なくて…炎が美しく感じました。
優は心が強くないと演じられないです。
この作品を完成させた藤井監督も横浜さんも、皆さん…本当に精神が強い方々です。
凄すぎます。

https://village-movie.jp/comment/

発表から1年が経って遂に公開された本作『ミッシング』
何を差し置いてもまず石原さとみの演技が圧巻。
娘の失踪事件により心身ボロボロになり、精神バランスは崩れて激怒・絶叫・慟哭のつるべ打ち。
非常に辛い境遇に置かれているにも関わらず観客の共感や感情移入は拒むかのような強烈な演技(むしろ青木崇高が演じる夫の冷静さの方に自分は感情移入していた)
「こんな石原さとみは見たことない」の宣伝文句に嘘は無い。

他の面々の演技も凄まじい。
沙織里(石原さとみ)の弟を演じた森優作は心を抉られるし、記者を演じた中村倫也も素晴らしかった。
あの上司が去った後に1人残って“静かに”キレるシーンの目はヤバかった…

𠮷田恵輔監督

石原さとみがキャリアハイを叩き出した一方で、𠮷田恵輔監督のフィルモグラフィー的には作家性から逸脱した作品ではないと思う。
平常運転で“いつも通りの傑作”

𠮷田監督がこれまで描いてきたのは人生が上手くいっていない人々の物語。
近年を切り取っても2021年と2022年だけで3本が公開されている(2023年は公開作なし)多作ぶりだが、それぞれテイストもジャンルも違うのが凄い。

持ち味は脚本(会話劇)と演技を引き出す演出術。
「こういう人いるよなぁ」なリアルな質感の台詞回しがとにかく上手すぎる。
今作は得意のブラックコメディ要素は封印しているので『空白』に近い。

というか『空白』のアップデート or やり残したことの語り直しだと個人的には思った。
Blankという架空のダンスボーカルグループも出てくるしw
娘の死・失踪から物語が動き出すという点は共通だが、『空白』では外枠の扱い(あくまで松坂桃李と古田新太が演じる2人の物語にフォーカスした作劇)だったメディア描写を拡張している。
(ちなみに『空白』から「善意のあり方」を抽出して1本の映画に仕上げたのが『神は見返りを求める』だと思う)

本作のテーマの1つが「報道の意義」
悲劇的な事件や人をネタとして消化するワイドショーの描写には『神は見返りを求める』で扱ったYouTuberという自分自身という人を商品化・コンテンツ化する現代性も取り入れられている。
そうなりたくないと「報道は事実を報じるべき」という信念を持つ砂田(中村倫也)に警察がぶつける台詞が印象的。

事実が面白いんだよ。

そう、人捜しはそれ自体がエンタメになってしまうのである。
ちょうどテレ東で放送されていた大森時生プロデューサの新作『TXQ FICTION イシナガキクエを探しています』がまさに。

ホラーモキュメンタリーの題材になるくらい“面白い”のだ。

バラエティ番組ついでに言えば、虎舞竜の『ロード』のくだりは刺さった…w

『水曜日のダウンタウン』のファンはあの場面で「うわ…今全く同じこと思ってたわ…」と気まずくなるに違いないw
まさに失踪事件をコンテンツとして消費する視聴者そのものである。

脚本ではなく演出面の話も。
沙織里(石原さとみ)が物語の本筋に絡む台詞を喋っている画面の端もしくはフレームの外で声を荒げている治安の悪い演出は面白かった。
観客は気が散るのだけど沙織里が一切気にせず訴え続ける姿を見て「あ、これはもう普通の精神状態じゃないんだ」と一発でわかる。

終盤には『空白』や『神は見返りを求める』にも通じる美しい光の映像も。
個人的には物語のトーンもあって寒色系で統一された画面の中で、蜜柑を収穫するシーンのオレンジの暖色がとても印象に残った。

『夜明けのすべて』や『悪は存在しない』との比較

2024年は上半期から『夜明けのすべて』に『悪は存在しない』と邦画の傑作が続いている。

『ミッシング』も含めた3本に共通するのはストーリー上の出来事以上に会話劇が抜群に面白いこと。

前述の光の演出は『夜明けのすべて』にも通じるが、本作には走る車を撮ったショットや車中での会話シーンも多くてそこは『悪は存在しない』に通じる。
この2作品の車の撮り方を比較するのも面白そう。
あとは会社組織の中で板挟みで苦しむ人も両作に出てきますね。
コメディ or シリアスという語り口の違いはあれど。

演技・演出における感情の乗せ方の違いも興味深い。
濱口竜介監督は広く知られるように感情抜きの台詞読みを繰り返した先に本番で湧いてくる感情を拾おうとする独自の演出メソッド。
感情を抑制・排除した先にある感情。
一方で𠮷田恵輔監督はエネルギー全開で感情を乗せる。
石原さとみを筆頭に俳優陣は感情レベルで役と同化しているように見える。
怒鳴る芝居も多いので鑑賞時の体調にも気を付けたくなるほど。

三宅唱監督はその中間ぐらいの立ち位置になるのかな?

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