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都市は誰のもの?|第27回『CITIZEN JANE Battle for the City(2018)』

ジェイン・ジェイコブスという人を知っていますか?

一般的にはそこまで馴染みのある人物ではないと思うけど、近代都市や都市計画を語る上で、絶対に欠くことのできない重要人物です。代表作はニューヨークの都市計画への批判を綴った『アメリカ大都市の死と生(1961)』や、現代経済を都市の観点で紐解く『都市の経済学(1986)』など。どちらも都市計画研究の重要な古典として知られていますが、もともと彼女は建築を専攻した学者ではなく、イチジャーナリスト・編集者だった。それも、キャリアの最初は貿易雑誌の秘書で、建築とはまったく関係がない。

ジェイン・ジェイコブス ─ニューヨーク都市計画革命─ 公式サイト

にもかかわらず、今では都市計画に携わる者で彼女を知らない人はいないだろう。それほどまでに強い影響力を持つに至ったのは、どのような背景があったのか。今回は、1本の映画『CITIZEN JANE Battle for the City』をもとに見ていきたいと思います。


映画『CITIZEN JANE Battle for the City(2018)』

映画『CITIZEN JANE Battle for the City(2018)』は、その名のとおり、1950年代のニューヨークで進められていたモダニズムを背景にする都市計画に対する市民運動を、1人の人物を中心にして紐解く建築ドキュメンタリー映画です。

1950年代ニューヨーク。
それまでの都市計画を根底から覆し、
ダウンタウンの大規模な再開発を
阻止した一人の女性がいた。

ジェイン・ジェイコブス ─ニューヨーク都市計画革命─ 公式サイト

スラムを輝くモダニズム建築へ変えるロバート・モーゼス

今さらいう必要は特にないだろうけど1950年代のアメリカは、高度経済成長の真っ只中にありました。ニューヨークやシカゴ、ロサンゼルスには郊外から多くの労働者が集まり、なかには高級品であるテレビや自家用車を保有する人々が増え始めるなど大戦終結からわずか10数年で、人々の暮らしは大きく変化しようとしていた。

Esquire「世界の30都市のヴィンテージ写真|銀座からニューヨーク、ベルリンまで」

ただ、それはあくまで「富裕層」に限定した話。依然として街のあちこちには「スラム」と呼ばれる貧困層が暮らす地区があり、過密した人口は劣悪な衛生状態を引き起こし、地域全体の治安の悪化にも影響していました。そこに目をつけ都市の再生を牽引したのがMaster Builderとの異名を誇り、ニューヨークのランドマークを作り上げてきたロバート・モーゼス(1888~1981)。彼は当時、ニューヨークに数十ヵ所あったスラムを撤去し、代わりに近代的な高層住宅を次々と建設。街一帯を画一的で、均整のとれたコンクリートの箱で埋め尽くしていったのです。

我々の義務は、アメリカの各家庭をきちんとした住宅に住まわせ、誇りある地域で近隣住民とふれあえる商業と希望の街づくりだ。(ロバート・モーゼス)

映画『ジェイン・ジェイコブス ─ニューヨーク都市計画革命─』より

しかし、実際に建設された公営住宅はモーゼスの計画どおりにはいかなかった。たとえば、ミズーリ州セントルイスにあったプルーイット・アイゴー(Pruitt-Igoe)は、建設から9年でスラム化・廃墟化。広場に人は集まらず、貧困層が集中したことで暴力・ドラッグが蔓延し、その影響で近隣住民も近寄らないからますます孤立します。当初、モーゼスが計画した商業と希望の街づくりとは、ほど遠い結果ですね。

彼らの考えは上品ぶっていて汚いものを取り除けばよいと思っている。
それが彼らの悪い計画の本質よ。

映画『ジェイン・ジェイコブス ─ニューヨーク都市計画革命─』より

もちろん、スラムの発生要因に住宅問題があることは事実ではある。だから、モーゼスの建設した近代的な公営住宅は、彼らに生活の拠点を提供したという点で評価できるのだけれど。


https://www.theguardian.com/cities/2015/apr/22/pruitt-igoe-high-rise-urban-america-history-cities

しかし、都市は単に「住宅」や「仕事」といった単一機能をツリー状に配置すれば成立するといったものではない。むしろ、それらが複雑に絡み合ったリゾーム状の「コミュニティ」が基礎にあると考える。モーゼスはスラムの抱える根本的で構造的な課題に目を向けず、それを住居問題のみで解決しようとしたところに間違いがあった。だから、せっかくつくった公営住宅も人が定着せず、当初想定するような動きを見せることはなかった。


イチジャーナリストの一冊がムーブメントを引き起こす

その後も次々と都市計画を練り、実行への動きを早めていくロバート・モーゼス。そんなさなかに反対の声を上げたのが、冒頭でも紹介した1人のジャーナリスト「ジェイン・ジェイコブス」です。彼女は『アメリカ大都市の死と生(1961)』を書き上げ、ロバート・モーゼスの地域コミュニティを顧みない都市計画に対して反対の声を上げる。

私たちは何をつくったでしょう。
低所得者向け団地は非行や破壊行為や絶望の温床となり、以前のスラムよりひどいものです。
中所得者向け団地は都市生活の興奮や活力から完全に遮断された真に驚異的な退屈さと規格化の権化となっています。

〜中略〜

これは都市の再生ではなく都市の破壊です。

『アメリカ大都市の死と生』より

ジェイン・ジェイコブスは、貿易雑誌の秘書からキャリアをはじめ、当時は建築雑誌『建築フォーラム』の編集者だった。とはいえ、もともと建築系のキャリアを歩んできたわけでもなく、言ってしまえばアマチュアのようなもの。しかし、彼女の主張は瞬く間にモーゼス反対派の心を掴み、運動のメインストリームとなっていった。

ジェイン・ジェイコブスの都市計画4大原則

何も彼女は、都市計画そのものに対して反対を述べていたわけではない。ロバート・モーゼスのような一方的な都合による都市計画に対して反対していたのだ。それは、彼女が打ち出した都市計画の4大原則からみても明らかだ。

  1. 用途の混在(ミクストユース)

  2. 小さな街区(歩行者街路)

  3. 古い建物の必要性(老朽施設)

  4. 密集の必要性(人口高密度)

街を通る道路に目を向けると、様々な種類の仕事や建物があり、様々な人々が行き交っていることがわかる。そして、それらは一様ではなく、通りやブロックごとにまったく違う性質のコミュニティを形成している。まさにそれは、網目のように、様々な相互作用<つながり>によって。

ジェイン・ジェイコブス ─ニューヨーク都市計画革命─ 公式サイト

だからこそ彼女は、新しい都市計画に網目のような街路をつくり相互作用を促しつつ、新旧の建物を混在させ、どんな種類・性質の人々でも交われるような計画を考えたのだ。

都市は活力にあふれており無気力ではありません。
企業と人が互いに作用し合い支え合っています。それが適切に機能する場所には多様性があるのです。多くの異なる仕事や人々が支え合い補い合っているのです。

映画『ジェイン・ジェイコブス ─ニューヨーク都市計画革命─』より


僕らは普段、まるで飛行機に乗って下を見るような気持ちで、ものを考えることがある。自分に力があり、意のままに建物を造ったり壊したりできるかのような気持ちで、無責任な主張を繰り返すことが往々にしてある。

しかし、現実はその建物1つひとつに人間が住んでいて、1人ひとりの生活・暮らしがある。一見、独立していそうな様子でも、どこかしらで人々は結びつき、作用しあっているのだ。

その計画は、誰を幸せにするためのものなのか。

本当にその計画で、人は幸せになるのだろうか。


ジェイン・ジェイコブスの問は、都市計画だけでなくさまざまな社会問題にも転用できるだろう。本当の狙いはどこで、何を満たすための計画なのか。僕らは淡々と、観察を続けないといけないだろう。

都市という壮大な理想郷

自分の話……ではないけれど、僕はどちらかといえばロバート・モーゼスのように、壮大な理想を打ち立てるタイプだったりする。都市でもヒトラーが建設しようとした世界首都ゲルマニアや丹下健三の東京計画1960なんかは、やっぱりワクワクする。でも、そのワクワクって生活者の視点というよりももっと別の何か、創造主としての視点のようなものに近くて。


東京計画1960 丹下都市建築設計

もっと地に足つけて、モノを考えないといけないですね。まったく。



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