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何をやっても痩せない下半身と、原因不明の体調不良をどうにかしたくて、足と身体の研究に取り組んだら、外反母趾が自分で直せたので、方法を伝えるために会社を創った話

「9歳の僕が跳べって言う。」
  
北京オリンピック開催中の2022年2月14日、羽生結弦さんが、記者会見の中で語ったその言葉を耳にしたとき、

似た感覚に、ブルンと、身震いがしました。
 
 
私もずっと、12歳の自分と毎日対話をしながらチャレンジを続けてきたから。
             
  
結弦さんにとっての 4A。
私にとっての、足の探求。
    
   
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12歳のあの日、奈落の底に突き落とされた。

原因不明。
出口のない真っ暗なトンネル。
探しても探しても見つからない答え。
痛む足。
       
その頃の想いを表すなら、「憤り」というのでしょうが、そんなたった一言で片付くような簡単なものじゃありませんでした。
     
     
アシタスタイルは、10歳まで健康優良児だった私が突如、原因不明の体調不良に悩み、数々の「未病」と共に過ごした30年間から、心身ともに健康を取り戻すまでの経験をもとに誕生しました。
    
   
自分がこれほどまでに「自分の足で歩く」ことに、執着するのは、

8歳下の弟が、歩けない身体で生まれたこと。

両親の苦労を目の当たりにしてきたからだと思います。

車が横付けできない坂道や階段ばかりの長崎で、私たち家族の暮らしは激変したから。
    

兄と私

一歳上の兄と一緒に遊んでいたからか、幼い頃から男の子顔負けの元気で活発な少女で、小学校へはずっと半ズボンで登校していたほどでした。
    
  
それなのに、10歳頃から急に、ひどい便秘や肩凝りに悩まされるようになりました。
   
12歳の時に足の痛みを覚え、駆けこんだ外科病院の医師より「外反母趾で一生治ることはない」と診断。

その後は、ひどい頭痛と生理痛、17歳で自律神経失調症、冷え、むくみ、腰痛に坐骨神経痛。

19歳で発症したアレルギー性鼻炎と花粉症。

20代以降は、肌荒れ、ニキビ、慢性疲労。

寝ても覚めても疲れが取れない重くてだるい身体へ叱咤し這うように仕事へ行く日々。

お休みの日は疲れ果て一日中ゴロゴロ。

体調の悪さだけでなく、姿勢やスタイルの悪さでコンプレックスの塊なものだから、何をやってもうまくいかない日々に死んでしまいたいほどに自分のことが大嫌いでした。

12歳からアシタスタイルを築くまでの約30年間、外反母趾の痛みが絶えることはありませんでした。 
    

 
「ハイヒールなんて履いていない小学生の私が、なぜ外反母趾になったの?」

   
  

そんな私の疑問を晴らしてくれる大人は、たった一人も、いませんでした。
     
  
病院や治療院、治療家の先生方、靴屋さん・・・思いつく限り相談に行きましたが、常に続く足の痛みを取り除いてくださる専門家にも出会えませんでした。

    
 
12歳の私がいつも考えていたことは
    
「足のことを相談できる専門のところがあればいいのに…」

散々に探し回りましたが、決定的なところは見つかりませんでしたから「無いなら私が創ろう!」と思い立ち、創業したのが、足のことを相談できる専門機関・ASHITASTYLE®です。
  
 



不健康デパートな身体、結果が出ないエステ。


いつも足が痛い。
足に限らず、いつも身体のどこかが痛い自分。

当時の自分の姿があまりにもひどくて、キライすぎて、この世から消滅したい気持ちでしたから、できる限り写真に写らないようにしていたことと、撮られた写真で手元にあったものはすべて処分してしまっており、嫌いだった私の昔の姿が残っていないため、なかなか信じてはもらえないのですが、中学生くらいから始まったアゴ周りのニキビは、年齢を重ねるごとに、ますますひどくなりました。

色素沈着を起こしている皮膚は、目も当てられないほどの状態で、初対面の人に「大変です。お気の毒に。」と言わせてしまうほどでした。常にファンデーションをぶ厚く重ね塗り、お化粧で隠していました。
    
   
肌に加えて、特に20代は、下半身太りが強烈なコンプレックスでした。

ショーツに収まりきらない分厚くはみ出したヒップのお肉。

パンパンに前にせり出した前太もも。

太ももとお尻は一体化して境目が分からず、ボリュームを押さえるための厚手のガードルが欠かせませんでした。

ボトムス選びが至難の業で(このラインなら入るかなぁ?)と、サイズを選ぶも、太ももやお尻に引っ掛かって腰まで上がらず、試着室の外から「お客さま、いかがですか?」と声をかけられるけれど「ちょっとイメージと違いました。すみません…」と、試着できないままに戻すという恥ずかしい思いもたくさんしてきました。

 
そんな下半身を何とかしたくて、望みを託して通ったエステサロンは、3か所に及びます。
そのうちの2か所はフェイシャルエステと痩身エステ、同時に通いました。

肌をきれいにするために高額のサプリメント、酵素ジュースに化粧品。

ボディラインを整える矯正下着。

食事をコントロールし、汗をかき、脂肪を揉みしだかれ、体重はそれなりに落ちますが、痩せてほしい下半身は一向に痩せません。

それどころか、上半身ばかりが痩せていき、貧相なバストへと変わっていきました。努力と我慢が報われることはありませんでした。

残り1か所は、脚痩せ専門。
そこでも大金を投じましたが、「むくみを生むから」との理由で極端な水分制限がほんとうにつらかった…。
通うのを止めた途端に、やっぱりまた、元のサイズへ戻りました。
     
  
思い通りに動かせない身体と共に過ごす毎日は、疲労困憊。
ヘトヘトの肉体を奮い立たせ仕事へ行くために、栄養剤、ドリンク剤、サプリメントでドーピング。

ようやく訪れた休日も、出かける気力もなく寝るためだけに過ごし、週に何度もマッサージや整体へ通い「いったい私はなんのために働いているんだろう?」と落ち込みました。
   

ジムに通っても、どんなに筋トレをしても、歩いても、走っても、ヨガをやっても、体型は変わるどころか、ますます太ももは逞しくなる一方で、痩せてほしい下半身は一向に痩せてはくれませんでした。

巷で良いとされるあらゆる健康法や美容法を試し学びましたが、どの方法も私の悩みを根本的に解決するには至りませんでした。

どんなにお金を使っても、望む結果は得られませんでした。
     

上京を機に再スタート


2000年、結婚を機に上京。29歳。

自己管理ができていたはずの夫が、会社の激務で突如、体調不良に陥りました。

専業主婦だった私は、彼が寝ている間にストレスなく何かケアができないかな?と、リフレクソロジーを学び始めました。練習のために、友人や知人の足を借りて練習するようになったのが、30歳半ば。
  

迫りくる年齢のリミットを目前になかなか赤ちゃんを授からない自分を責め続け、泣いて暮らす毎日は、地獄のような日々でした。

自分の意志とは違うところで、勝手に溢れ出してくる母性のやり場に困り、気を紛らわしたくて、学びを深めるうちに、ますます勉強にのめり込みました。
    

英国式、タイ式、若石式、足つぼ、ゾーンセラピー、ドイツ式フットケア・フスフレーゲ、巻き爪矯正、テーピング術、冷え取り、ヨガ、アロマテラピー、ホメオパシー、インソール術、自然療法フットケアなど、さまざまなフットケアや健康法を、手あたり次第、勉強しました。
   
   

けれども、足のことを学んでも調べても、「これ!」といった決定打はなく、相変わらず靴には困っており、今度こそはと望みをかけて意気込んで買ってはみたもののやっぱり履けない痛い靴ばかり。

下駄箱には、履きたいけど痛くて履けない靴が売れるほどありましたから、思い切って、それらの靴を分解してみたりもしました。
       

そんなある日、ふと、足と靴との関係性に気がつき、歩き方に注目し、”ある仮説”を立て試してみたところ、ほんの10分で、キンキンに冷えていた足先が、ポッカポカに温かくなったのです!
   
   

手応えを感じた私は、さらに、その方法を繰り返し、継続してみました。

すると、その後たった45日間で、
パンツサイズだけが、67→64→61 へと、2サイズもダウン!

ずっとコンプレックスだった下半身でしたから、ウエストサイズでパンツを選ぶと太ももで引っかかってパンツが上がらず、ヒップと太ももとで選ぶと、ウエスト部分はゆるすぎて、ガバガバ。

そんな大嫌いな下半身がみるみるうちに変化を遂げ、その後も、さらにサイズダウン。

2017年現在は、61→58へ。


2017年(48歳)
  

驚くのは、体型変化だけではありません。

下半身のサイズダウンと一緒に起こった嬉しい変化は、30年来続いていた様々な不調の改善でした。

夏でも氷のようにキンキンに冷えていた足は、その後も温かく、靴下を履かなくても平気になりました。

浮腫みもなくなりました。

いつの間にか腰痛が消えていました。

毎日、誰かに揉んで欲しいほどのツラい肩こりから解放されました。

頭痛も消えていました。

生理痛がなくなりました。

4~5日出なくて当たり前、薬で無理やり出していた便秘が解消。

いつも身体が重くてだるくて疲労感に押しつぶされていたのに、動くことが苦で無くなりました。

椅子があれば、いつも座りたかったのに、立っていられるようになりました。

ふと、足元をみると、足の変化にも気がつきました。

外反していたはずの母趾のねじれが取れていて爪が上を向いてきています。

ずっとあって不快だった母趾の腹の痺れがなくなり、硬く厚く形成されていたタコは、消滅していました。

足裏の真ん中に何十年も鎮座していた、踏みしめダコ(ヒールだこ)も、その中に硬く小さく幾つも存在していた魚の目も、なくなっていました。

ガサガサで硬くなるかかとの角質が嫌で、お風呂場にはいつも軽石を置いていて、お風呂の度に削っていたのです。

なにもせずに放置していると、ストッキングが破れてしまうからです。

そんなガサガサのかかとは、いつの頃からかつるつるに変わり、クリームを塗ることすらなくなったのです。

横に寝てしまっていた足の小ゆびは起き上がり、小さく小さく潰れてしまっていた爪は、しっかり大きく生えてきました。

靴の中で丸く縮こまり、曲がっていたゆびも伸び、ゆびの関節にあったタコはなくなりました。
     

嬉しかったのは、足首の「くびれ」です。

10代から「サリーちゃん」と呼ばれてきた締まりのない足首には、くっきりとアキレス腱が出現!

足首が太すぎて、足袋のこはぜが止められなかったけれど、足袋に隙間が生まれるほどです。

その後、その方法を用いて歩くたびに、身体のラインはますます変わり、ガードルを履かなくても、ヒップは高い位置へと常にキープ。

訪れてくださるお客様や、講座の受講生さん方から「雅恵さんのお尻、カッコいい!」と褒めていただけるほどに変わり、あれほど強烈なコンプレックスだったはずの下半身が、今では私の最大の売りとなりました。
  


2017年(48歳)


◆その方法は
 「靴の着付け」と「二足歩行」。

本来あるべき身体の美しい形からかけ離れてしまった足の形を、靴を用いてリカバリーしながら美しく整え、本来行われるべき足の仕事と、身体の仕事を、当たり前にやってもらう。

というもの。

当たり前のことを
当たり前に
キチンと丁寧に行っただけ。

  
つまり、
「なんとなく」靴を選んだり
「なんとなく」履いたり
「なんとなく」歩いていたのを止め

根拠のある靴選びと
根拠のある靴の履き方と
根拠のある歩き方に変えたのです。

 

・がんばって特別な運動をしなくても
結果が出ました!

・我慢するダイエット(食事制限)
から解放されました!

・いつからか
体重計に乗らなくなりました。

・“お正月太り” とも
無縁になりました。

・疲れたら休むのではなく
疲れたから歩くに変わりました。

・自然に歩きたくなるから、
むしろたくさん歩くようになりました。

・極端なまでの甘党でしたが、
甘いものが欲しくなくなりました。

・自律神経が整いました。

・花粉症が治りました。

・中学生から始まったニキビは、
医薬品も専用の石鹸も、
高価な化粧品も、
エステのフェイシャルも効果がなく、
皮膚は色素沈着したまま
変色していましたが、
今では、ファンデーションなしで
人前に出られるくらいの肌へと回復。
褒められるキレイな肌へと
生まれ変わりました。

 
ただ歩くだけ。究極の「ながら健康法」の誕生。


足の真実を追求し、健康の本質を探し続けたら、自分自身で解決することが出来たのです。
   

2023年、今年は54歳を迎えますが、疲れを感じることがありません。
  

10代、20代の頃より明らかに元気で健康です。
   

若さを過信していたあの頃よりも身体を大切に扱っています。
   

限りある人生の命の時間を無駄遣いせず、
年齢に抗うアンチエイジングではなく、
年齢を受け入れた上でのエイジングケアを行っています。

だから、最近は、年齢を重ねることがどんどん楽しくなってきました。

アシタスタイルは
外反母趾を原因から根本解決するメソッドではありますが、

私のここまでの歩みをご覧いただけたとおり、

決して外反母趾だけを改善したくて足の学びを追及し続けたわけではなく、

「いつのまにか改善していた」
偶然の産物に過ぎませんでした。

2013年6月15日。
ついに長年の疑問が、晴れた瞬間。

「ハイヒールなんて履いていない小学生の私が、なぜ外反母趾になったの?」
  
 
12歳の私が抱いた「なぜ?」は、バラバラの点と点とが繋がり、線になり、身体の真理に辿り着くことが出来ました。

外反母趾は、ハイヒールを履く大人の女性特有の症状ではないことも突き止めました。

男性も、子どもも、二足歩行を行うヒトであれば誰だって外反母趾変形を起こしてしまう要素は十分に持ち合わせています。

さらに、
外反母趾だけでなく、内反小趾、
扁平足、開張足、ハイアーチ(凹足)も
然りです。
   

これらの足トラブルは、
足部のアライメント不全、
足関節(距腿関節、距骨下関節)のズレ、
などにより
足底アーチの健常が損なわれることによって、どなたにも発症しうる危険性があるにも関わらず、

足底アーチの異常は、
なかなか気づかれることがありません。

歩かなくなったことで弱体化した現代人のほぼ全員に起きているのに、です。

多くの人が、足元から「未病」を来している(身体の基礎が崩れている)ことに気づかず、膝痛は膝を、腰痛は腰を、首の痛みは首を、つまり、結果として起きた対処療法ばかりが、まかり通ってしまっています。

外反母趾という症状を通じての痛みは、声を出せない身体が、私へ対して必死に発信していたシグナルの1つだったのです。

私の外反母趾は、現在進行形で改善しており、足の形も変わり続けています。


2015年、新宿御苑へアシタスタイル移転時。外反していた母趾の捻じれが取れ始め母趾の爪が上を向き始める、同時に小趾の爪が生え始める。



2018年12月。平べったく広がっていた足がかなり纏まり立体化してきました。血色も良く健康的。

 
まるで、別人の足でしょう?

これが、切らない、削らない、処置しない。

自分の足は自分で直す足の修復法。
アシタスタイル・メソッドです。
  
 

アシタスタイルの公式サイトへも掲載している、井手口の足の変化写真です。


未来へ渡す
 

「アシタスタイル」には、

明日(あした)
足す
スタイル
をかけています。

フットケアを日常にプラス(足し算)し、
自分の足で歩くことで、
「足」「身体」「明日」「未来」「人生」を、あなた自身がスタイリングする。

そんな意味を込めて名付けました。
    

私が掴んだ真理は、
私の長年の望みを叶えました。


真理に触れてしまったからには、もう自分に嘘はつけません。ですから、発信していこうと決めました。私ができることは、私の経験をシェアすることで、私と同じ悩みで苦しんでいるあなたの力になることです。



コンプレックスこそ、原動力。
そんな弱みや欠点を自分の力で乗り越え、克服できれば、強みに変えることができると知りました。

 

世界にはさまざまな健康法、美容法、治療法があり、もちろんそれらの方法によって救われた方もたくさんいらっしゃいます。しかしもしそれが、対処法の域を脱することができなかったり、続けねば効果が持続できないようなら、何かへ、誰かへ、依存し続ける仕組みから抜け出せないということです。


私はずっと疑問でした。

「こんなに医療も科学も進歩しているのに、私の悩みが解決できないなんておかしい。何かが間違っているんだ。」と。

日々の葛藤から「なぜ?」ばかりが生まれ、悶々とする中で辿り着いたのは、自然の力です。

「身体は身体が治す」自然治癒力でした。

「足を本来あるべき形にする」というシンプルな方法です。


身体はシンプル。原点回帰

靴は、本来は履かなくても良いモノです。
  

靴を履く暮らしを選ぶなら「足」という形の変わりやすいナマモノを「靴」という形の変わらない硬い箱の中へねじ込む行為に、責任を持たなければなりません。

私たち人類は500万年の歴史の中で、ずっと裸足だったのですから。

私が目指すフットケアは「施術を続けて受けてもらうサロン」ではなく、お客さま自身が「自分は自分で癒せる」方法を自ら再現できるようにご来店の度に少しずつ身に着け、セルフケアとして身に付けていただくことです。

アシタスタイル®メソッドは、
ヒトの基本動作である二足歩行を
当たり前に行うための情報と技術。


もしも、仮に私がいなくなっても、アシタスタイルの存在が消えても、関わってくださった皆様は健康を維持できます。

あなたが習得したスキルは、後世へ受け継がれます。

本来備わっている動物としての身体機能・自己治癒力を最大限に引き出す究極のセルフケア。

人間以外の動物は、みんな、そうやって生きています。

◎我慢しない

◎頑張らない

◎無理しない

◎努力しない

◎ストイックにやらない


誰が行っても「続けられる」方法でなきゃ続かないから、怠ける人間には、楽しいことや嬉しいこと。

自然に勝手に、選ぶ方です。

カラダの真理は
「キモチイイ!」の先にあります。

最後に

アシタスタイルの特徴は、幼いお子さんからご年配の方まで「自分でやる」が基本です。

だって、自分を支えてくれるのは自分の足ですしね。自分でやらなきゃ他人は代わりなんてやってはくれません。

未就学児以下は親御さんの手が必要ですが、5歳以上は大人と同じように一人の人間として関わり合い、靴の着付けを通し「自分の足で立つ=自立」を学び「自分で自分を守る」を習得します。
  
  
私たちは動物だから、歩行は基本動作です。

だから「がんばって歩く」なんておかしい話なのです。

ほんとうはみんな、マラソンだって走れるし自分の体重を背負えるくらいの力を持っているんですよ。同じことを多くの現代人ができなくなっているのは、単に運動不足によるもの。

足に足の仕事をさせていないだけです。
足のゆびはとっても力持ちなのですから!


健康はお金では買えない財産。
歩くことは生きること。
足は命そのもの。

カラダは取り換えのきかない、脱ぐことのできない、自分だけの最高の道具なんです。

  
私には叶えたい夢がたくさんあります。

そのうちのひとつが「故郷・長崎の寂しくなった夜景を復活させたい。」です。

灯り=人の暮らしです。
平地が少ない坂道・階段ばかりの地で、かつて人々は住む場所を求め山の上まで家を建てると同時に美しい夜景を誕生させましたが、今では歩けなくなった人たちが山を下り、マンションで暮らし始めると共に山肌の灯りは消えました。

歩ける足さえあれば、人は坂の上で暮らすことができます。

それは長崎の街に限らず他の地域も同様です。

山奥でも田舎でも、車を運転できなくても、電車が通っていなくても暮らせます。

昔の人はみなそうやって暮らしていましたからね。
  

私たちはヒトである前に動物であることを、どうか思い出してください。
  
  
アシタスタイルへご相談にいらっしゃる皆さんの悩みのほとんどが、私が過去に経験し解決したこと。

さらに、あなたの可能性の扉を開くのはあなたご自身で、あなたにはご自分で解決できる身体の力が備わっています。

だから、どうか諦めないでください。


アシタスタイルへ触れた皆さんが、飛びっきりの笑顔で仰います。

「雅恵さん。アシタスタイルを創ってくれてありがとう!」って。

いえいえ、こちらこそですよ。

求めてくださって、
みつけてくださって
ありがとうございます^^

皆さんが笑顔になれたように、あなたも笑顔になれます。

大丈夫。

あなたの身体の力は、まだまだそんなもんじゃないですよ。

だって
あなたを治すのは、あなた自身。

あなたには、その力が、はじめから充分に
備わっているんですから。

天職を見つけたので仕事が楽しい毎日です
  

足と歩行の未来開発ラボ
アシタスタイル公式サイト

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