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野球肘の重症度と復帰率


 野球肘で内側側副靭帯(あるいは尺側側副靭帯:Ulnar collateral ligament:UCL)を痛めなら復帰できるのか、投手としての選手生命は終わるのかと深刻な問題になります。損傷後の完治、復帰などの予測は比率で説明することができます。そして比率で選手や医師は治療の選択を決めています。たとえばアメリカのマイナーリーグ(MiLB)の選手43名がUCL損傷し、その後の彼らの追跡調査を行った報告があります。報告は、各損傷度合いを軽度、2つの中度、重度の4段階に分け、比較しています。それぞれの定義は以下の通りです。

軽度:靭帯が完全であるが浮腫があるもしくは浮腫もない
中度A:部分損傷
中度B:慢性治癒外傷(カルシウム沈着から石灰化)
重度:完全断裂

 その結果、重度 の選手8 名すべてはUCL再建術(トミージョン術)を受け、うち6 名(75%)は競技復帰したが、5名(63%)が術前と同じレベルまで復帰できたのことでした。

プロ投手は上り詰めるのみ

 MiLBと言えどもプロ投手はチームレベルを下げてプレーすることができなく、メジャーリーグ(MLB)まで上り詰めることができるかどうかです。ブルペンまでが復帰でなく、あくまでも試合のマウンドで勝負できるかどうかなので、この場合63%の選手がトミージョン術を受けて成功と言えます。
 MiLBの選手にとって復帰は果たしてもその後に契約があるかどうか本人の能力によります。一方でMLBの選手は、大型契約、複数年契約などで復帰後も時間をかけることが許され、実際の試合までの復帰率はMiLBに比べ高いです。

トミージョン術の有無は球速で決定

 次に中度Aあるいは中度B の選手7 名がトミージョン術を受け、7名すべて(100%)復帰し、うち6 名(86%)は術前と同じレベルまで復帰できました。
 UCL損傷は、膝の前十字靭帯のように完全断裂で手術と言うよりむしろ、部分断裂、痛みがあるだけでも手術を受けることがあります。
 選手は投球することができても球速が落ちるなら勝負は厳しくなります。UCL損傷は必ず球速が落ちます。その一方で尺骨神経の圧迫障害で小指側にしびれや麻痺があったとしても球速は落ちないと考えられています。投手は肘の痛みで全力で投げることができないので専門医に診てもらうことになります。プロ投手として全力で投げられないなら、投手を一年でも長くプレーすることを希望するならトミージョン術を選択することになるでしょう。

保存治療の成績

 43名の追跡調査の中にはトミージョン術を受けなかった選手28 名がいました。軽度損傷の投手4 名すべて(100 %)は損傷前と同じレベルまで復帰できました。一方で中度Aは6 名中5 名(83 %)が損傷前と同じレベルで、中度Bは18 名中17 名(94 %)が損傷前と同じレベルまで復帰できました。

6週間のノースロー

 保存治療はノースローが6週間続きます。肩甲骨周辺および前腕のトレーニング、全身キネティックリンクエクササイズなど専門的なリハビリテーションを集中的に受けます。それから投球プログラムに入ります。最高球速の50%で決められた距離から段階を踏んで3週間かけて行います。結果的に保存治療は最低9週間、2か月半から3か月要します。

プロ投手は契約できるかどうか

 保存治療を選択して、3か月後にトミージョン術を受けるとなると術後復帰までに18ヶ月までかかりますので、それだけでも21ヶ月を失うことになります。すぐに手術を受けるか保存治療から行くのか、どちらにせよ球団は投球による損傷なので復帰までは保障しますが、MiLBの選手は復帰後に契約があるかどうかはわかりません。

ベテラン投手

 ベテラン投手は、UCL再建術後18ヵ月以上のリハビリテーションを要することから、保存治療を選択する傾向にあります。再建術前のリハビリテーション期間の平均は46 日間(6週間強)です(Ford 2016)。上記で話した通り、それからの投球プログラムになります。損傷靭帯は治癒することなく、癒着組織あるいは石灰化になるぐらいです。あとは症状がなく、全力で投げられるかどうか、あるいは球速に頼らずに変化球など投球の戦術を組み立てで勝負できるかになるでしょう。

復帰の予測は比率

 初回のUCL損傷であれば保存治療の選択も有効だが、重症度から見分ける必要があります。一方でアメリカの場合、復帰率の予測が出ているのでトミージョン術の選択は重症度に関係なくプロ投手としての選択になるでしょう。

プロ投手43件のMRIによる肘内側損傷の重症度別と追跡結果。損傷度(Grade)I = 完全な靭帯で浮腫があるもしくは浮腫もない、Grade IIA = 部分損傷、 Grade IIB = 慢性治癒外傷(カルシウム沈着から石灰化)、Grade III = 完全断裂。RTP, return to play(競技復帰); RTSP, return to same level of play or higher(術前と同じレベルまで復帰); UCL, ulnar collateral ligament(尺側側副靭帯)(Ford 2016

肘の遠位部損傷は致命的

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野球肘で最も多い手術がトミー・ジョンと呼ばれている肘の内側側副靭帯の損傷による再建術です。1974年にFrank J. Jobe医師によっ…

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