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重力的目眩:自身への帰還において彼の内宇宙に生じた摂動

「今の内から強く自覚しておいて欲しいのは、自分が「先駆者」であるということ。今後この施術が広がっていくことで、変なことを言ってくる人が出てくるかもしれない。そういう時「脳」はここぞとばかりにスイッチを押して「統合」させないようにしてきます。」

「この世界で一番最初に傘を使った人はたくさんの人にバカにされました。だから一番初めの人というのはどうしたってバカにされたり変なこと言われます。」

「「脳」にとっては「魂」に近づかれることが嫌なので、それは心配だったり不安だったり怒りという形で、感情的な落ち込みとして出てきます。しかもご自身にとって一番馴染みのある、嫌な感情に。」

「そこに囚われてしまうと「魂」から遠のきます。その気持ちは抑えるでも対処するでもなく置き、理想とする自分に「成り切って」ください」

「人間は精神の塊」なので想いだけで凝るし想いだけで姿勢が変わる生き物です。

「孤高」という「道」のおかげで、切り離されていた「自分」というものが「統合」されるような感覚がある。

しかし、この「道」を意識するほどに猛烈に「寂しさ」というものに襲われる。
これは自分にとって一番苦手なもので、一番馴染んできたものなのかもしれない。自分にとって一番嫌なところを知っているのは他ならぬ自分なのだ。

たくさん雪が降った次の日。まだ誰も足をつけていない道のような、どこから一歩を始めたら良いのか迷うような、そんな感覚。

いつもならあっという間に歩いて行けるのに雪が降ったというだけでこんなに時間がかかるのかと思ったものだ。

足跡がついていれば反射的にその後を追えばいい。
おそらくこれが「先駆者」が創った「道」なのだと子どもながらに感じたことがある。

俺は今「自分の人生」という雪道の第一歩目の足跡をつけようとしているのだ。
少し深そうだな、足が取られるかもしれない。でも進まないといけないよな。

この道を見て、進むという気持ちを決めるほど、どこからともなく「寂しさ」がやってくる。

そうだ、だからこそ進まなければならない。
この強烈な寂しさの先にしか見えない景色があるということを、俺は今まさに感じている。

あぁキツイ、寂しい、独りだ、孤独だ。。
でも、だからこそこっちが正解だということがよくわかる。

そして、嫌になるほど自分に向き合ってきたからこそ、このキツさが「心の傷由来」ではないことがわかる。

「味」が違うのだ。キツさの味が。
「傷由来」のものはもっと濃く、深く、そして重い。

この寂しさというのはキツさこそあれ、どこか軽さがある。
首根っこ掴まれるような歩みを止められるようなそういう違和感であって、よりリアルな痛みは鳩尾をぶん殴られるような、そんな痛みだ。

自身の能力を、魂を最大限発揮するには「陰の力」を知り、使いこなすことが大切だ。

星座において
太陽は「脳」月が「魂」。
つまり太陽星座の性質よりも月星座の性質が当てはまる方が「陰」、つまり魂の力を使えているということになる。

何事も形にするには「傷つく」過程が必須だという。
角ばった石が削られて綺麗に丸くなるという話を聞くが、見方を変えればこれは傷つけられた結果「丸く」なったということだ。

彫刻も削って作品になるように、多くの物質は不要なところを削って、傷をつけて「願った形」になっている。

「理解されなさすぎて本当にキツかったと思うんですけど、だからこそ「孤高」なんです。
理解されない方が成功するし、いわゆる何かを成した人って基本的に理解されないから成功したんです。
前職をやめてこの仕事をするってなった時に、周りから全く賛同得られなくて僕は本当に嬉しかった。やっと理解されない立場にいけたんだって。
理解されないから試行錯誤するし、環境を創ろうとします。どこに行っても馴染めないから、自分を失わずに済んだんです。違和感を持ちながらその環境に居続けられというのが肝なんです。自分を見失わなかったから。」

どこまでも「孤高」でいてください。
周りから頑固者って言われると思いますけど職人て頑固じゃないと極められないので、そこはプラスに捉えて欲しいです。
でも、その頑固さやプロ意識をより極めるために、傾聴という少々の柔軟性はあってもいいと思います。
より突き抜けるために、人間としての自分と、施術としての自分を統合して、より力を合わせて生きていくために。

引き寄せる力がすごく強いのと、上手いです。
気になるメッセージとかを見つけて保存できるのも引き寄せです。
そのレイヤーというか解釈を広げてください。
営業するとか出勤するとかと同じ領域で、自らの意思で「引き寄せる」ということをより具体的にやってみてください。絶対できます。

この「孤高」という道を歩くことを決めて、その度に「寂しさ」というスイッチを入れられるわけだが、その中で得られたギフトが2つある。

1つは自分の施術名というか術式名を決められたこと。
自分には竹内晶貴という名前があるがこれには願いが込められている。
そして名付けられて込められた想いの通りの人間、人生になっていく。

ということは、自分が行うことにも名前をつければその効果や現実力がより跳ね上がるのではないかと思ったのだ。

術式の開示によって能力を底上げするという技があるがここでは載せないことにする。まずは自身に浸透させて経過を見る。

もう1つは自分が理想とする施術スタイルというかファッションの兆しが見えたということ。

風とか、水晶とかそういう自分らしさを出せるものはないかと探していたがようやく見つけた。ここをより解像度を上げることで変化するかもしれないが、今の最高到達点をしっかり表現していこうと思う。

「道」を歩くことで得られるものや気づきはとても大きい。
同時に寂しさはどんどん強くなっていく。

完全に覚悟はできてないけど、都度確認しながら、自分が本当に進みたい方向を一歩ずつ進んでいく。

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