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不動産ビジネスとの出会い

こんにちは。お金持ち父さんプロデューサーの森 雅士です。今日は、私と不動産ビジネスとの出会いをお話したいと思います。

私は新卒で銀行に入ったのですが、銀行で一番多く担った仕事は、不動産融資の仕事でした。信託銀行だったため、宅建免許を持つ銀行でしたので、普通に不動産情報を扱えました。従って、自分で不動産仲介をして、自分で融資する、ということも経験があります。普通の銀行は、不動産情報を持ち歩いたり、仲介情報をやり取りするのは厳禁です。融資する場合のみ情報を受け付けていいということになってます。お財布の中身を知っている銀行がお客さんに不動産を案内するのは、フェアではないという考え方です。またバブルの頃、銀行員が不動産を売り歩いて、値上がりするからと、不動産価格以上の融資をして、バブルを加速させた反省もあるようです。異常な時代ですよね。1億円の不動産に、1億2千万円融資したり、が普通にあったそうです。残った2千万円は株を買ったりしてたそうです。世の中全体がおかしかったんだと思います。

私が配属された支店は、都内有数のビジネス街でした。周辺には上場企業も多く、中堅企業以上の規模の会社が数多く取引先にありました。そんな中、私は入行3年目の7月に初めて外回り、営業担当になり、とある会社に新規営業をしていました。その会社は当時リーマンショック直後にもかかわらず、とても業績の良い上場企業でした。営業に出たばかりの7月のことです。その会社が、不動産を買いたいという話があり、たまたまその会社の向かいのビルの売却の話が、私の銀行にあり(別の支店の取引先の売り物件でした)、不動産担当と訪問したら、即「買います!」と。価格15億円。満額融資を受けたいとのことで、15億円の新規融資案件と、不動産仲介手数料4,500万円という手数料収益の案件が同時に転がり込んできました。ビギナーズラック以外の何者でもありません。私は当時、全くのペーペーでしたので、その数字が持つインパクトがよくわからない状態でしたが、徐々にことの凄さを実感していきました。

 大口の新規融資の話なので、本部へ事前相談に行きましたが、審査はなんと30分くらいで終わりました。不動産担保があるとはいえ、通常、15億円の新規融資は慎重に審査が行われます。審査役「全く問題ない。当然貸したい。」むしろ、何故こんなに業績が良いのかという話を終始しました。多店舗企業でしたので、ぜひその店に行ってみたいとも言ってました。今考えても極めて異例だったと思います。

 しかし、そう簡単にはうまくいかないものです。売主さん(不動産会社)が、なんと売り渋り始めました。買主さん(私のお客さんの会社)が、15億円で即決したことで、もっと高値で売れるんじゃないかと、怪しい動きをし始めたのです。売主さん担当の支店(大阪の支店)の支店長も交えて、テレビ会議を重ね(今や当たり前ですが、当時は設備がある支店も限られていてかなり珍しかったです)、何度も交渉してもらいましたが、結局破談になりました。

 買主の会社の社長さんは、当然のごとく、激怒。その辺の不動産業者ではなく、銀行が持ってきた話ですからね。裏切られた思いはかなり強かったはずです。社長さんは、甲子園に出た経験もある、元高校球児で、ガタイもすごく、威圧感もすごく、オーラもすごく、とにかくめちゃくちゃ怖かったです。笑。同席した先方の役員の方々も萎縮しまくってました。今でも忘れられません。私の上司の支店長も一緒に怒られましたが、こちらは平然と怒られていて、それはそれですごいな、と横で感じてました。不動産が絡むと、こういったことが日常茶飯事なんですよね。銀行としても不動産を扱えることは武器でもあり、使い方を間違えると信頼を失う両刃の武器でもあると学びました。

 ちなみに、その会社への不動産融資は結局成約しませんでしたが、後日、運転資金の融資をし、その社長にも非常に感謝されました。そのあたりはドライにメリット・デメリットを踏まえた経営判断をされている、素晴らしい経営者の方だなと思いましたね。トラブルがあると感情的になって、出入り禁止にする社長も結構居たりしましたから。

 私と不動産ビジネスとの出会いは、不動産の怖さを知った、ほろ苦い思い出です。その後も、私は別の支店に異動した後にも、奇しくも同じ金額の15億円の不動産融資の話が来て、これまた成約寸前で逃しました。さらにその1年後くらいだったでしょうか、再び15億円の不動産融資の話を手にしました。15って何か縁がありますね。私の今の会社の番地も15番地ですし。話がそれました。

三度目の正直の15億円の融資は、なんというか最初からこれは大丈夫だという確信めいたものがありました。言葉ではうまく説明できませんが、自分の直感がそう言っていました。

他の銀行との競合にはなったんですが、最初に顧客希望通りの条件提示を行ったことが評価され、無事に成約しました。3度目の正直。都内の繁華街にあるビルなのですが、そのビルの近くを通るたびに思い出します。銀行の仕事は形のあるようでないお金を扱っているので、地図に残る仕事、形に残る仕事が出来た達成感はかなりのものがありました。この話にはオチがありまして。かなり長期の融資をしたのですが、私がその支店から異動し、さらに銀行を辞めた後、他の銀行に借り換えられてしまったのです。その会社の社長さんとは、今もたまにやり取りする仲です。社長曰く、担当者のありえない対応で取引銀行を変えたとのことです。借り換えに際しては違約金も数千万円はかかったはずで、それを払ってでも許しがたかったとのことです。私としては本当に残念でしたね。

 異動というのは銀行員の宿命なんですが、自分がずっと担当していたらこんなことは無かっただろうな、と思いました。この事件以外にも、私のお客さんたちからは、私が異動した後に、私の後任担当者たちへのクレームが結構ありました。心苦しかったです。これは銀行を辞める理由の一つにはなりました。やはり、長期的にお客さんの担当で居たい、パートナーで居たいという思いを強くしました。目先の利益ではなくて、長期にわたる良好な関係を築いて、お客さんにはきちんとした資産形成をしてもらう。それが私のポリシーです。

 話がかなり脱線してしまいましたね。笑。

 私は、不動産が大好きです。こんなに個別性が強くて、変化が激しくて、相場もあってないようなもので、誰もが関係する商材は他には無いですよね。本当に面白いと思います。

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