見出し画像

220420


今日は
身体の周期的に辛くなる時期なので
予め有給休暇を取っておいた
週の折り返し地点水曜日


朝から冷たい雨


身体のまったり感とぴったりだ
でも割と気分は良い


カフェで朝時間を過ごして
私の天国(植物屋さん)へ顔を出して
おうちで過ごそ




私がひとりで喫茶店やカフェで
過ごすようになったのは


高校生の頃
学校に行きたくなくて入った喫茶店で見かけた
女性の影響だ



その人は
ひとり静かに本を読んでいた
たまに手帳に何かを書いている

容姿は事細かに見てはいないけれど
その凛とした佇まいが堪らなく格好良く見えた



いいなー
大人になったら
毎日喫茶店で珈琲飲んで優雅に過ごしたい


そんな素直で
可愛いらしいふわふわした望みからだった



毎日喫茶店は無理だけれども
朝は家で珈琲飲みたい時には淹れたり
のんびりできていたりする

今思えばあの時欲しかった未来にいる



はじめ珈琲一杯500円が
とても高く感じたけれど
今となっては当たり前となった



自分で稼いだお金だし慣れもある

500円は珈琲だけでなく空間代でもある
家に帰ると家事をし始めてしまうので
強制休養方法であり居場所である
感謝して支払えている



今では休日のルーティンに組み込まれている
お店での朝時間だけれど

500円を支払うという行動
その(忘れ掛けていた)勇気があったからこそだった



現在の私は
過去の私の望みと勇気
選択と決定でできている
と実感する



「いいなー」
の中には自分の欠片が潜んでいるのだと思っている


欠片が無ければきっと
心が反応することすら無いだろう


道端を歩いていて
キリンを散歩させている人を見掛けても
ぉおおおぉぉ…と驚くくらいで
いいなーと思わないもの(私は)
あ、ちょっと触りたい



でも
素直に
いいなーと思えない時もある



それが嫉妬ではないか



嫉妬心は
自分が潜在的に本当はホントはやりたいことなのに
自分が制限を掛けて出来ていないことを
やれてしまっている人に向けられる


もちろん
可能不可能な事象はあるけれど
その線引きが出来てしまえばいい



嫉妬している時
それを掘り下げて自分と向き合わなければ
おばけになる


恨めしいって言ってるだけの
うざくてちょっとこわい奴になってしまうのだ

度を越すと最悪
その嫉妬している人に対して
マウントを取り出す加害者になっていく



私は心の中に嫉妬を確認したら
その中の自分の欠片を探すようにしている



私はずっと自分が作ったものを販売したかった
でも自信がずっと無くて(今もあるわけでは無い)
その望みも見て見ぬふりして気付けていなかった頃



マルシェなどのイベントの出店者で
本当にすごいなと思える方や畑違いな方以外は
ふーんこのレベルでも販売できるんだヘェ
と穿った見方をしていたのを覚えている
(滅茶苦茶やなやつ…!ごめんなさい!!!)


それが面白くなくて
イベントへも自然と足が向かなくなった



でもそれは
自分がどうしても出来ないことを
楽しそうにやっちゃってるひとがいる
という事実を
受け止めたくない
何故なら悔しいし惨めだから

それらの感情が拗れた末の嫉妬心だった
というのが今は分かる



嫉妬をしないわけでは無い
嫉妬という辛いものを
羨ましいから
いいなー
から

わたしもそれがいい!
という望みに変化させることは出来る



嫉妬しないというひとは
自分の心を守っている
慎重な時期なのだと思っている


本音は可愛いくて柔らかくて幼いから
自分の気持ちに頑なに蓋をしていると
中々出てこれないのだ



今日取った有給休暇も
3年前位までは怖くて取れなかった



そんな中
軽々と休暇届けを出す人がいた
しかも使えない奴←
に対してなんだコイツって思っていた
(私マジで滅茶苦茶やなやつ…!!!)


そう
いいなー
私も休みたい
それだけだった


だから勇気を出して
休暇届けを出し続けた


今はお陰様で
あの時望んだように
有給は全部使うものだと思っているし←極端っ
誰かが休んでいても何も感じなくなっている



日々出会い別れる方々のお陰で
気付かなかった自分を見つけられて
感謝している



滅茶苦茶やなやつだけど
やってみたいことがある今はとても楽しい


滅茶苦茶やなやつだけど
嫌いではない





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?