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ロシア正教会キリル総主教「救世主キリスト大聖堂における礼拝後の赦しの週の説教」(2022年3月6日)

 

概略

 今回のウクライナ戦争ではロシア正教会の総主教キリルがたびたび戦争支持(兼西側への暴言)を繰り返し、世界をドン引きさせているが、具体的に何を云っているのかよくわからない。私も何冊か本を読んでみたが、いろいろこちゃこちゃ書いていたり、ロシアは独自の文明があるんじゃーと云うような内輪の話が延々書かれているのでよくわからなかった。
 ちょうど、山形浩生さんは去年からプーチンの論説を翻訳して生の彼が何を云っているのか知ればロシア語がわからない素人でも多少は判断できるのではないかと云うことで、私も倣ってみることにした。

 と云うことでロシア正教会の公式ホームページに掲載されているキリル総主教の説教を翻訳してみた。時期は、2022年3月6日にモスクワの救世主キリスト大聖堂で礼拝終了後に行われた説教だ。軍事侵攻後から10日後に行われた説教で、正教会の暦では「赦しの日曜日」にあたる日で、このあとの6週間ぐらいは食の節制を行う「斎(ものいみ)」の期間に入る。(なので、訳文に出てくる「四旬節」は斎の期間を指す)。そのあとキリストがエルサレムへの入ったことを記念する「エルサレム入城の日」の次の日曜日が復活祭になる。
 つまり、大事な節目の日にあたるわけだが、そのときにキリル総主教が行った説教は…。「ゲイパレードが悪い!」「西側の文明はロシアをいじめている!」「ドンバスの人たちを助けなくては!」。うーん、頭がクラクラする。
私はロシア語がわからないのでDeeplを使用した。おそらく細かい部分はおかしな翻訳になっているかもしれないが、まぁ元がおかしい説教なのでそこはご愛嬌で。
 なお、訳文には馴染みのない人向けに注をつけてみた。下手に真に受けると陰謀論脳になること請け合いなので。



ついでに、PDF化してみたので手元に置きたい人はどうぞ。



訳文 


2022年3月6日、夏至の日曜日、アダムの追放の日曜日(赦しの日曜日)に、モスクワと全ロシアのキリル総主教聖下は、モスクワの救世主キリスト大聖堂で神聖典礼を祝った。礼拝の終わりに、ロシア正教会の総主教が説教を行った。

父と子と聖霊の御名において。

親愛なるすべての司祭、兄弟、姉妹の皆さん、私はこの日曜日、赦しの日曜日、すなわち四旬節(大四旬節)が始まる前の最後の日曜日に、心から皆さんを祝福します!

多くの修道士たちは四旬節を霊的な春と呼びます。それは肉体的な生活の春と一致すると同時に、教会の意識では霊的な春と考えられている。春とは何か?春は生命の再生であり、更新であり、新しい力である。私たちは、春になると、樹液が10メートル、20メートル、100メートルもの高さまで溢れ出し、木に生命をもたらすことを知っている。まさに神の驚くべき奇跡、生命の奇跡である。春は生命の再生であり、ある偉大な生命の象徴である。だからこそ、春の主な祝日が主の復活祭であり、それもまた永遠の命のしるしであり、徴であり、象徴なのである。私たちが皆さんと分かち合っているキリスト教信仰は、生を肯定する信仰であり、死や破壊に反対する信仰であり、この世でも来世でも滅びずに生きるために神の掟に従う必要性を肯定する信仰である。しかし、私たちはこの春が、ドンバスの政治状況の悪化に関連する重大な出来事によって覆われていることを知っている。この件に関して一言申し上げたい。

この8年間、ドンバスに存在するものを破壊しようとする試みが行われてきた。そしてドンバスでは、世界の権力を主張する人々が今日提供している、いわゆる価値観に対する拒絶、原理的な拒絶が行われている。(注1)今日、この権力への忠誠が試されている。過剰な消費の世界、見かけの「自由」の世界、そうした「幸福な」世界への一種のパスがある。そのテストが何であるかご存知だろうか?テストはとてもシンプルで、同時に恐ろしい。多くの人々がゲイ・プライド・パレードを開催することを要求するのは、その非常に強力な世界に対する忠誠心のテストであり、もし人々や国がこうした要求を拒否するならば、彼らはその世界の一部ではなく、よそ者になってしまうことを私たちは知っている。(注2

しかし、私たちは、いわゆる尊厳の行進を通して促進されるこの罪が何であるかを知っている。それは、旧約聖書と新約聖書の両方の神の言葉によって非難されている罪である。そして、神は罪を非難する際、罪人を非難するのではない。ただ悔い改めるよう呼びかけるだけで、罪深い人間とその行動を通して、罪を人生の基準、人間の行動の変化(尊重され、容認される)にすることは決してない。

もし人類が、罪は神の掟の違反ではなく、罪は人間の行動の変化であると受け入れるなら、人類の文明はそこで終わるだろう。ゲイ・プライド・パレードは、罪が人間の行動のひとつの変化であることを示すためのものだ。だから、そういう国のクラブに入るためには、ゲイ・プライド・パレードをしなければならない。政治的な声明を出すためでも、協定に署名するためでもなく、ゲイ・プライド・パレードを行うためだ。(注3)私たちは、人々がこのような要求にどのように抵抗し、この抵抗がどのように力によって抑圧されるかを知っている。つまり、神の掟によって断罪されている罪を力ずくで押し付けること、つまり神と神の真理を否定することを力ずくで人々に押し付けることが問題なのだ。

したがって、今日、国際関係の領域で起きていることは、政治だけの問題ではない。政治とは別の、はるかに重要なことなのだ。それは人間の救いについてであり、被造物の審判者であり創造主としてこの世に来られる救い主である神の右側に人類がつくか左側につくかということである。今日、多くの人は、弱さ、愚かさ、無知、そして多くの場合、抵抗したくないという理由から、左側に行く。そして、聖書が非難する罪の義認に関係するすべてのことは、今日、主に対する私たちの忠実さ、救い主への信仰を告白できるかどうかの試練なのである。

私が言っていることは、単なる理論的な意味や精神的な意味以上のものがある。今日、このテーマをめぐって現実の戦争が起こっている。今日、ウクライナを攻撃しているのは誰なのか。ドンバスで8年間、人々が弾圧され、絶滅させられ、8年間も苦しみが続き、全世界が沈黙している。(注4)しかし、私たちは兄弟姉妹が本当に苦しんでいることを知っています。赦しの主日である今日、一方では、私は皆さんの羊飼いとして、すべての人に罪と過ちを赦すよう呼びかけます。しかし、正義のない赦しは降伏であり、弱さである。それゆえ、赦しは、光の側に、神の真理の側に、神の戒めの側に、キリストの光、キリストの言葉、キリストの福音、人類に与えられたキリストの最も偉大な契約を私たちに明らかにするものの側に立つ不可欠な権利を伴わなければならない。

つまり、私たちは物理的ではなく、形而上学的な意味を持つ闘争に従事しているのだ。私は、残念ながら、正統派の人々、信者たちが、この戦争において、最も抵抗の少ない道を選び、今日私たちが反省しているすべてのことを反省せず、権力者たちによって示された道に従順に従っていることを知っています。(注5)私たちは誰かを非難することもなく、誰かを十字架に招くこともなく、ただ自分自身にこう言うのです:私たちは神の言葉に忠実であり、神の掟に忠実であり、愛と正義の掟に忠実であり、この掟の違反を目にしたら、この掟を破壊し、聖性と罪の境界線を消し去る者たち、とりわけ人間の行動の模範や手本として罪を広める者たちに決して我慢はしない。

今日ドンバスにいる私たちの兄弟たち、正教会の人々は間違いなく苦しんでいます。私たちは、主が彼らが正教の信仰を守り、誘惑や誘惑に屈しないように助けてくださるよう祈る必要がある。同時に、一刻も早く平和が訪れ、兄弟姉妹の血が流れなくなるように、8年間も人間の罪と憎しみの悲しい刻印を背負ってきた苦難の地ドンバスに、主が恵みを与えてくださるように祈らなければなりません。(注6

四旬節を迎えるにあたり、すべての人を赦そう。赦しとは何か?法を犯したり、あなたに不当で邪悪なことをした人に赦しを求めるなら、あなたはその人の行動を正当化するのではなく、単にその人を憎むのをやめるのです。その人はもはやあなたの敵ではないので、赦すことによって神の裁きを受けることになる。これが、罪や過ちを赦し合うことの本当の意味である。私たちは赦し、憎しみや怨嗟の念を捨てますが、天国では人間の過ちを消し去ることはできません。人間の罪、過ち、犯罪に対する私たちクリスチャンの態度が、彼らの破滅の原因となることがないように。しかし、神の公正な裁きが、最も重い責任を自らに負わせ、兄弟間の溝を広げ、憎しみ、悪意、死で満たす者たちを含むすべての者の上に完成されるように。

憐れみ深い主が、私たち全員に正しい裁きを下されますように。そして、この裁きの結果、この世に来られた救い主の左側に立たないように、私たちは自らの罪を悔い改めなければならない。何が善で何が悪なのかを自問し、「私はあれこれと議論した。これは間違った議論であり、間違ったアプローチだ。主よ、私は何を間違えてしまったのでしょうか?」。そして、もし神が私たちが自分の不義を悟るのを助けてくださるなら、私たちはその不義を悔い改めるべきなのです。

赦しの主日である今日、私たちは自分の罪や不義から自己否定するという偉業を成し遂げ、自分を神の御手に委ねるという偉業を成し遂げ、そして最も重要な行いである、自分を怒らせた人たちを赦すという偉業を成し遂げなければならない。

私たちがキリストの復活の喜びにふさわしくあずかることができるように、主が私たちを助けてくださいますように。そして、今日戦っている人たち、血を流している人たち、苦しんでいる人たちが皆、平和と静けさのうちにこの復活の喜びに入ることができるように祈りましょう。ある者が平和のうちにあり、ある者が悪の力のうちにあり、内輪もめの悲しみのうちにあるならば、そこにどんな喜びがあろうか。

主が私たちの魂を救い、私たちの罪深く、しばしば恐ろしく誤った世界に善の増殖を促し、神の真理が支配し、君臨し、人類を導くことができるように、私たち皆が聖四旬節の旅路に入ることができるように、またそうでないように助けてくださいますように。アーメン。

モスクワ・全ロシア総主教庁報道部


訳注


(注1)2014年にロシア側が不法占拠したウクライナ南東部地域を指す。ウクライナ側からすれば勝手に取られた土地なので取り返すために武力衝突が起きた。2014年から2021年までに文民・軍人を含めた死者数は1万4200人から1万4400人ほどで、うち民間人は3404人。その大部分にあたる3000人は2014年から15年の戦闘で死亡している。その後、膠着状態が続いたことで死傷者数は年々減少しており、直近の2021年は25人で、そのうち12人は地雷で亡くなっている。(小泉悠『ウクライナ戦争』ちくま新書、2022年、219頁)。

(注2)2013年、ロシアでは「反ゲイプロパガンダ法」が成立している。未成年保護の名目でLGBT(性的少数者)に関する情報を触れさせない法律。同法制定後、ロシアでは性的少数者に関するネット情報に規制がかけられるようになった。なお、2012年にアムネスティ・インターナショナルは警察がプライドパレード参加者を拘束したことを報じている。

(注3)2020年に改正されたロシア憲法では異性間結婚しか認めず、同性婚を事実上禁止した。実際はLGBTに関するネット制限をかけている国はロシア以外にも、インドネシア、マレーシア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦が存在する。

(注4)2015年に国連は現地への視察を行い報告書を作成している。同報告書では「政府支配地域外」、要はロシア側が勝手にこしらえた「ドネツク人民共和国」や「ルガンスク人民共和国」では経済や社会状況の悪化が指摘されている。また、同報告書では資産の没収や強制労働、ウクライナのアイデンティティを主張する者への人権侵害も指摘されている。

(注5)2018年に独立したキーウ総主教庁系ウクライナ正教会を指すのだろうか?反省とはなんのことなのかいまいち釈然としない。

(注6)プーチンは2022年1月の軍事侵攻直前に、ドンバス地方ではロシア系住民が虐殺されていると主張した。だが、2014年以降、欧州安全保障機構(OSEC)は現地に監視団を派遣しているが、そのような報告は存在しない。なお、同機構はロシアも加盟している。ちなみに、虐殺が存在する場合は国際司法裁判所(ICJ)で提訴するのが筋なはずなのだが、2022年2月26日にウクライナ側はロシア側が虚偽の主張をしているとして逆に提訴されている。

   


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