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【掌編小説】思い思いに生まれゆく。

目を逸らしたくなるほど美しい青紅葉を私はじっと見つめていた。

きらきらと。
そよそよと。

天から授かった羽衣を纏っているかのように眩い青紅葉が、碧い湖のほとりで手招きしている。

私は鬱蒼とした森の影から、恐るおそる、陽光が降り注ぐ白い砂浜に素足を乗せた。太陽に温められた細かい砂を噛む感触に、からだのなかで昏々とした何かがぼろぼろと剥がれていく。

剥がれ落ちたそれは、熱を孕んで弾けて塵となり、沈黙ののちに姿を変えた。

まるで色づきはじめた、春のように。

さらさらとした砂が足を覆う感触に、胸の奥がくすぐったくなる感覚。からだのなかで芽吹いた、いろがきらめく感覚を覚えながらゆっくりと歩く。

青紅葉がつくる木漏れ日の中で佇む私のからだは、光と影で彩られていた。

それは青紅葉が織り成すうつくしい衣。
私は木の幹にほっぺたを寄せた。

光で透きとおった青紅葉が、子どものように無邪気に笑っている。
私が背伸びをして葉に手を伸ばすと、光で透けた私の手の曲線には、生きている証がほんのりと帯びていた。

不意に訪れた静寂に耳をすませば、砂浜を濡らす波の音があおの世界に響き渡っている。

湖の小さき波に誘われるまま、そっと、つま先を水につけた。
水の冷たさに驚いて、思わず足を引っ込めたけれど。
清らかな冷たさに私は、もう一度、湖に触れた。

足首で戯れる水面が光を散らしながら踊っている。

私はひそやかに唇に微笑みを滲ませ、もっと奥へと歩を進めた。
そして湖に身を任せて、瞳を閉じる。

素肌に感じる湖のゆらぎに重なるのは、心臓の音。
水の中で浮かぶ指先に、つま先に行き渡る心臓の音にささやくよう、うたをそえるのは湖をわたる風と草木の音。

鳥たちはさえずり、羽音を残す。

思い思いに生まれゆく調べは、はかりごともなく過去からも未来へも溢れつづけている。

湖にたゆたいながら、私は瞳を開けた。

瞳に宿る、空の青さは果てしなく。
青の中をふんわりと流れていく白い雲はあてもなく。

目の前をふわりと軽やかに通り過ぎる、蝶の色は花の香りを連れていた。

私は深呼吸をする。

いつでも、どこでも。
いつまでも、感じることができる。

音も、色も、香りも。
そして、内なるものも。

私の奥から生まれゆくものも、とめどなく溢れている。




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