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雑記 |カレーを食べ、旅をする。

「スパイスカレーの辛口をお願いします」
「はいよ」
料理人でありお店の主であるおじさんは、一畳間ほどの厨房に立つと、厚底の鍋に一人分のカレーのルーを入れた。くつくつと温まり始めた鍋から、カレーのスパイスの香りが溢れる。

カルダモン、クミン、ターメリック、コリアンダー、唐辛子……

……グアテマラのとある山岳地帯。深い青い空に太陽が輝いている。日が昇ってからまだ2時間ほどしか経っていないが、すでに強くなった日差しがじりじりと肌を焼く。
直射日光から目を守るため、少し大きめの麦わら帽子を目深にかぶると、靴を履いて外に出た。舗装されていない土の道を3,4分ほど歩くと、朝露で水分を含んだ重たい泥が、もったりと靴底にこびりつく。道端の小枝で泥をこそぎ落とし、もうあと少し歩くとカルダモンの畑に到着する。
青々と葉を自由にのばすカルダモンは、葉丈が自分の身長ほどある。だから、畑の中に入るとなんだか隠れ家に来たような気がして少し落ち着く。とはいえそれもつかの間。これからの作業を想像するだけで、もう腰が痛んでくる。地面から十数センチ、根元から伸びた茎になった実を収穫していくので、ずっと前屈みの姿勢でいなくてはならない。

収穫後、1,2日ほど天日で乾かして出荷する。カルダモンは、香辛料の中でも取引単価がとても高いので、収益源として非常に大切だ。ただ、一度に収穫できる量も少ないし、育てるのも大変なので、本当に"高い"といえるのかはわからないとも思う。とはいえ、自分に値段を決める権利はない。

加工されたカルダモンは、世界のトレーダーたちによって値付けされ、あるものはアメリカへ、あるものは中国へ、あるものは日本へ、海を越え、陸を超えて旅をする。日本に来たものたちは、山を越え、川を渡り、人の手を渡り、お店の棚に並ぶ。

ある日の夕方、材料補充のためにスーパーに立ち寄ったおじさんは、
「ああ、これを買わないといかんな」と言って、カルダモンを二瓶手に取った。レジは混んでいたけれど、これがないとやっぱりカレーの香りと深みにかけてしまうんだよなあ……とぼんやりそんなことを思っていたら、レジが空いた。

……「お待ちどうさん」
「ありがとうございます」
いつの間にか、おじさんはカレーを私の目の前に置く。そして、香り高きカレーをどうぞ。
という顔でこちらを見ると軽く一礼し、また厨房に戻っていった。
香り高きカルダモンは、本当に香り高いだけの"味"なのだろうか?
カルダモンの長い長い旅路を想像した私は、ふとそんなことを思った。

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