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本質的に生きること

本のタイトルは イノベーションオブライフ

絶対と言っていいほど、自分では手に取らないタイトルだが、なかなか(まだ)関係の浅い知り合いに借りてしまったので読んでみた。

原題は How will you measure your life?

なるほど、原題のままでよかったんじゃない?と思うくらい、後者の方が内容と合致している。

そもそもなぜ借りて「しまった」などとほざいているかと言うと、人に本を貸すのは恥ずかしい告白のようなものだとの理由から長年避けていて、最後に借りたのは、かの有名な「愛するということ」という本で、結果途中で断念したからだ。

「あなたの好きな本が知りたい」なんて言うのは「あなたの好きにどうにか近づきたい」もしくは「あなたの頭と心を覗きたい」に変換できると思っている。

今回はそんなことは棚に上げ流れで借りてしまったので、お礼の代わりにここに残しておきたいと思う。

総じて読んだ感想は、

これは賢い優秀な人へ向けた本であり、読んでいて卑屈な気持ちになるひともいるかもな〜と感じた。

著者は、優秀な人が優秀であるがゆえに不幸な人生を歩む姿を多々見てきたからこそ、人がより良く生きられる手伝いがしたいとの思いから執筆に至ったそうだ。

「仕事に不満がない」状態と「仕事に満足している」状態はイコールではなく、あなたの人生の目的を見つけキャリア・人間関係を通しそれを実現させる手段を選択することが幸せへの道である

とのこと。

読むとわかるが、この著者は読者に簡単には結論を与えてくれない。笑

様々な事例を挙げ、読者に考える「資源」はくれるが、手段と動機は自分で考えてね!といったところ。

まあ人生の目的という、それこそ自分にしか分からないことについて語っているので仕方ない。

まともに仕事を通して超困難な状況に陥ったこともなければ、正当な不満があればアルバイトをやめようと思う私にとって、仕事を通しての人生は視野が狭すぎて語ることがあまりないように思う。

ちなみに就活で、わたしは誰と働きたいかで企業を見ていた。結果「変人採用」を謳う企業が第一志望になった。「職種は視野の広い方にまず決めてもらって、色々やらせてください。その中でこだわりを見つけます」と生意気にも話していたので、ジョブローテーションの盛んな企業に惹かれる傾向にあった。

仕事はさておき、
それよりも、人間関係における利害について、ここ数年思うことがあった私は、「犠牲が献身を深める」という夫婦間の話が印象的だった。

著書では、「自分の大切な人が何を大切に思うかを見極め、相手にとっての価値あるものを犠牲を払ってでも提供する」→(すると..)相手への献身が深まるといっている。

ここでは、夫婦間のコミュニケーション不足により、妻のやってほしいことを見誤り、夫が得意顔で不必要な手伝いをすることで喧嘩になるというエピソードが使われている。

自分の大切な人が何を大切に思っているか......

これって恋人同士知ってるものか?夫婦間で共有しているもの?家族、友人の大切なもの言える?

自分の大切に思っているものすら、ひとつではなくて、不変でもなくて、不明瞭だ。

それでも、大切な人が何を大切にしていたいのかは、知りたい。

直接聞けばきっと、

あなたがそばにいてくれること、とか

あなたがしあわせを感じていること、とか

あなたが自分を好きでいること、とか

恥ずかしいくらいの優しい回答が返ってきそうで、そういうんじゃなくて...とむしろ何か私へのミッションをくださいという行為へと変わっていってしまいそうだ。

本の随所では、家庭が幸せと直結するように書かれている反面、家族への思いやりを用事と表現する現実的な一面もあるのが面白い。

子どもは思い通りにならないと言っておきながら、自分の素晴らしいと思うような大人に育てるためには..とも書かれている。

ひとりの人間を生み出すという行為は、実は倫理的にもっと議論されていいトピックだと思う。

出産育児は、親にとって、ある意味人生の仕事を増やす行為であるし、親の身勝手な用事を済ますためのイベントかもしれない。

単に人間が動物として果たす本能的な役目なのかもしれない。

私は自分の子どもの責任をとるのは親と決まっていることも正直納得いかない。人間社会が責任をとるというのは成立しないのか?

何世紀後かは分からないが、

地球市民という概念が定着し、

子ども=人間の未来を託す新世代

という本質的な概念が浸透すれば、未来の教育には少しは救いがあるような気がする。

性善説・性悪説に関しては、私の平和ボケということで、ここでは目をつぶる。

だいぶ話が逸れた。

つまるところ、自分の幸せを考えている間はかなり幸せだろう

人様のために生きたいというのは、信じられないくらい幸せだと思う

読了後、犠牲を払ってまで時間を共有したい相手と結婚という形をとって家族をつくることの何がどう幸せなのか、一周まわって分からなくなった

だからこそ、もっと多様な幸せを見たくなった

人間は、考えることと悩むことの自由のなかで、あらゆるものに手を出しては、「ない」を埋めたがる

死んだら、持っていけるものなんて大してないのに。

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