見出し画像

過去の恋を思い出す時。

 

「匂いで過去の恋を思い出す。」



という話を耳にする度に、
自分には無い感覚だなぁ、と思う。

私は過去に関わった人達の匂いなんて
微塵も覚えていないから。



私が過去の恋を思い出すのは、
不意に、特定の音楽が聴こえてきた時。


それは、その当時に流行っていた曲だったり、

自分がよく聴いていた曲だったり、

相手が好きだと言った曲だったり……


それらの曲が耳に入ってきた時、

まるで連動していたかのように
その時の情景や、会話、想い出が
頭の中にスルスルと流れ込んでくる。


それと、声。



過去に関わった人との会話を思い出す時は
その人の声が鮮明に頭の中で再生される。


日常生活を送るうえで、
無意識のうちに過去と結び付いてしまって
強制的に記憶が呼び起こされる事がある。


それが、私は嫌いじゃない。


……ここからは、想い出話が始まります。


先日、車を運転している時に
ふとMr.Childrenの曲が聴きたくなって、
懐かしいアルバムを流した。

その時、不意に流れた『君が好き』。

前奏が流れた瞬間、
走馬灯のように呼び起こされた記憶。


私が好きだった人ではなくて、
私を好きになってくれた人の事を思い出した。


当時、私はイベント関連の企業に勤めていて、
連日 付き合いで色々な場所に顔を出した。

そして、人脈の広い起業家の男性と知り合い、
合間を見つけては彼と共に時間を過ごした。


お互いに恋愛感情は無くて、
相手にとって私は都合の良い女。
連れ回す女性が欲しい時にだけ呼ばれた。

だけど、私はその関係性が嫌ではなくて、
彼はとても紳士的だったし、
惜しみ無く友人や知人を紹介してくれたし、
自分の勝手で連れ回すのだからと
私には一切お金を出させる事はなかった。


その彼は、山手線から少し外れた所で
小さなホストクラブを経営していた。


ホストクラブと言っても
狭小店舗で従業員数も少なかったし、
歌舞伎町のような煌びやかな雰囲気ではなく、
ゆっくりと寛げるような穏やかな空間だった。


私は当時の仕事柄、
水商売に関わる人との繋がりは多かったから、
ホストクラブと言われても
驚く事もなければ、抵抗もなかった。


彼は仕事を一通り終えると
その店に私を連れて行く事が多かった。

先程も書いた通り、
お金を払わされる事もなかったし、
彼と同席なので営業を掛けられる事もない。

その店は朝方まで営業していたから
どんなに仕事が長引いても腰を下ろせたし、
彼自身、自分の店は居心地が良かったのだと思う。


その店の従業員の中に、
俳優を目指している男性が居た。


華奢で背が高い彼は、遠くに居ても目についた。

鮮やかな髪色をしたホストの中に居ると
彼の黒髪は逆に目立った。

不健康そうな色白な肌に
その黒髪は、よく映えた。


その彼は喉を傷めない為に酒を飲まなかった。
だから、仲良くなってからは
私の家まで車で送ってくれるようになった。

私を連れ回していた男性も、
「タクシーよりも安心だから」と彼に私を託した。


そんな流れが定着して、3ヶ月が経った頃……



いつも通り家の近くまで車で送って貰い、
お礼を告げて車から降りようとしたら、



彼から「付き合って欲しい」と言われた。


本音を言うと、
最近の彼の言動から察してはいたから
突然された告白にも驚きはしなかった。

そして、その場で断った。

目を輝かせながら夢を語る時の彼は
素敵だな、と思った。

けれど、私は常に現実主義で、
建設的でない彼の人生に寄り添いたいとは思えなかった。


安心したかった。
だから、彼の不安定さに引きずり込まれたくはなかった。



その後の付き合いの事も考えて、
彼がしてくれた告白は余韻も味わえないほど呆気なく終わらせた。


告白された後も、相変わらず店には行った。

私の意思ではないから仕方無いとはいえ、
気まずさはどうしても付きまとった。

しかし、彼は相変わらずで、
懲りずに私に好意を向けてくれていた。


彼からの告白は、時間差を経て二度された。


そのうちの一回は、歌での告白だった。


それが、先ほど書き綴った『君が好き』。

気障でありきたりかと思いきや、
実は、これが心に響いてしまった。


彼の歌声は、とても好きだった。


彼の運転する車の助手席で聴いた『君が好き』。

その曲に合わせて控えめな声で口ずさむ彼の歌声を聴いて、
すっかり私は癒されてしまった。


だけど、曲が終わって間もなく
「俺は、君が好き。」と歌に絡めたダサい告白をしてきたから、
私は思わず大笑いをした。

けれど、もしかしたら、
この下らないやり取りがあったから
今も記憶に残っているのかもしれない。

現にこの文章を書きながら、
あの時の彼の拗ねた表情を思い出して、口元が緩んでしまう。


と、こんな風に、
音楽で引き起こされる記憶がある。


時には、切なさを帯びた暗い記憶や、
泣きたくなるような哀しい記憶が甦る事もあるけれど……


先ほども書いた通り、

それが、私は嫌いじゃない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?