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無法者の車夫と軍人の未亡人との淡い恋情なのに、検閲によって大事なところが根こそぎカットされてしまった不運な映画『無法松の一生(1943)』

【個人的な満足度】

「午前十時の映画祭12」で面白かった順位:17/28
  ストーリー:★★★★☆
 キャラクター:★★★★☆
     映像:★★★☆☆
     音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★☆☆

【作品情報】

  製作年:1943年
  製作国:日本
   配給:映画配給社
 上映時間:82分
 ジャンル:ヒューマンドラマ、ラブストーリー
元ネタなど:小説『富島松五郎伝』(1938)

【あらすじ】

日露戦争が終わったばかりの九州・小倉。喧嘩っ早いが根は一本気な富島松五郎(阪東妻三郎)は、仲間から〈無法松〉と呼ばれる名物車夫だった。

ある日、怪我をした陸軍大尉・吉岡の息子、敏雄(沢村アキオ/長門裕之)を助けた松五郎は、吉岡家に出入りするようになる。その後、吉岡家の主人である大尉が急逝してからというもの、松五郎は、吉岡家の未亡人よし子(園井恵子)と敏雄に対して献身的に尽くし始める。

美しい未亡人への恋心を胸の内に秘めながら―。

【感想】

「午前十時の映画祭12」にて。1943年の日本映画。原作小説は未読ですが、舞台である日露戦争が終わったばかりの、おそらく1905年とか1906年あたりだと思うんですが、その頃の日本における男女のあり方を踏まえるとすごく切ない話でした。これは日本人としてぜひ観てもらいたい作品ですね。

<前提がわかっていないと「???」な映画>

実は、この映画を観る前に、同時上映で短編ドキュメンタリー『ウィール・オブ・フェイト~映画『無法松の一生』をめぐる数奇な運命~』がやっていんですが、それがあって本当に助かりました。このドキュメンタリーは今回のために作られたわけではなく、もともと2020年に作られたものを今回持ってきたようですね。で、最初はこのドキュメンタリーを観て、「これはネタバレなのでは?」と思ったんですけど、いやいや、その後の本編を観て、「あ、これはドキュメンタリーを観ておいてよかったな」と印象が逆転しました。というのも、本編は正直わからないところがけっこうあってですね、もしこのドキュメンタリーがなかったら、唐突すぎる展開についていけなかった可能性が高いんですよ。そもそも、車夫と未亡人の淡い恋物語っていうのも、原作小説を読んでいない限り、言われなきゃなかなか気づかないんじゃないですかね。

<検閲によって大幅カットを余儀なくされた本作>

なんでそんなにわかりづらいかと言いますと、当時の内務省や戦後のGHQの検閲によって、大事なところが根こそぎカットされちゃったんですよ。その中に、松五郎がよし子に想いを伝えようとするシーンや、ラストの大事なオチも含まれてるっていうんだからさ、あらかじめそういう設定の話だってのを知らないと、だいぶ意味不明な展開だと思います。だって、カットされたところ以外で、松五郎がよし子に気があるようなシーンはほぼありませんでしたし、ラストのオチなんて、なんでいきなりそうなったのかがまったくわからないまま進みますからね。

これ、本当にスタッフさんたち悲しかっただろうなって思いますよ。撮影当時は第二次世界大戦中で、いつみんな徴兵されちゃうかわからない状況ですよ。しかも、作っているのは戦争に行く士気を高めるようなプロパガンダ映画ではなくラブストーリー。さらに、軍人の未亡人に恋をする荒くれ者の車夫っていう、これまた軍人から妻を奪うような設定。そんなのを作っている暇があったらお国のために戦えって話ですよ。時代的に作れたのが奇跡なんじゃないかって。そうやって命がけで作った映画が、いくら戦争中だったとはいえ、自分たちの国や戦争の敵国の都合で削除されて、話が全然違う印象になってしまったのは、ものすごく悔しい思いをしたと思うんですよね。現に完成版を観たヒロインの園井恵子さんは、「松さんのキャラクターが全然違う」と涙したそうです。いや、泣いちゃうのも頷けます。。。

<昭和の役者さんのオーラがすごい>

なので、何も知らずに観ると、だいぶストーリーに穴あき感を感じてしまうかもしれませんが、車夫と未亡人の恋情だとわかった上で観ると、もうそういう目でキャラクターを捉えるので面白いです。で、そのキャラクターを魅力あるものにしている要因は、やっぱり役者の力ですよね。無法者だけど人がいい松五郎を演じた阪東妻三郎さんの漢気あふれる姿に、凛とした佇まいのよし子を演じた園井恵子さんの美しさ。こういうのって昭和ならではの人物像で、個人的にはすごく好きなんですよ。令和だってイケメンやかわいい役者さんはいっぱいいますけど、なんかなよっとしている印象はあるんですよね。もちろんそれはそれでいいですし、僕も好きな人たくさんいますけど、中身がそのまま外見に表れているような昭和らしい男優さん・女優さんの持つ魅力はもう作れないのかもしれないなあって思っちゃいますね。

<実は意外な家族構成のキャストたち>

あと、本作を語る上で外せないのが、出演者の方たちの家族構成です。松五郎を演じた阪東妻三郎さんは、なんと田村正和さんのお父さんなんですよ。確かに言われてみれば表情が似ている気がします。

吉岡家のお坊ちゃんを演じた子役の沢村アキヲさん、もとい長門裕之さんは、津川雅彦のお兄さん。すでにおじいちゃんになった姿は見たことありますが、「あのおじいちゃんが子役?!」という驚きがありましたね。

そして、よし子を演じた園井恵子さんは、元宝塚の方。第19期として宝塚歌劇団に入団し、花組に所属したそうです。

<そんなわけで>

事前情報なしで観ると、ほとんど意味がわからない映画だと思うんですが、この記事を読んでいただけたら、車夫と未亡人の恋物語っていうことがわかると思うので、それを念頭に置いて観るといろいろ感慨深いですよ。これは生きている間にぜひ観てほしい作品です。ちなみに、この15年後に同じ監督で三船敏郎さんが松五郎を演じたリメイク版が公開されており、それもこの「午前十時の映画祭12」で上映していますよ!


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