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『矛と盾と、逃げたカラス』
中国は楚の国のこと。
ある商人のまわりに人だかりができていた。
「さあ、ご覧なさい、この盾を。これが世界で一番堅い盾だ」
そう言って、商人はその盾を高く掲げた。
「この盾があれば、どんなに鋭いものからも身を守ることができる」
人々はほおーと感心した。
続いて、
「この矛を紹介しよう」
そう言うと、一本の矛を取り出した。
「この先端をよく見なさい。この鋭さ」
商人はその切っ先を人々に突きつけて、ぐるりと一周した。
「この矛で、突き通せないものはこの世の中にはない」
そこへ、ある男がやってきて、
「君の矛で、君の盾を突き刺したらどうなるのか」
これは、皆さんご存知の「矛盾」という言葉の始まりです。
面白い話ですね。
実はここに第3の男がいたというのは、あまり知られていません。
「君の矛で、君の盾を突き刺したらどうなるのか」
そう言われて、商人は言葉に詰まりました。
その時、人々の後ろから大きな笑い声が聞こえてきました。
人々は驚いて振り返ります。
商人と男もそちらを見ました。
「ガハハハ!」
縦にも横にも大きな男が、これまた大きな真っ赤な口を開けて笑っています。
肩に竿をかつぎ、竿の先には赤い風呂敷包みがぶら下がっています。
「世界一堅い盾? 世界一鋭い矛?」
商人を睨みます。商人はすくみ上がります。
「その矛でその盾を突くとどうなるかだと?」
男をにらみます。男はそっと目をそむけます。
「そんなものは、どうでもいい。そんな矛も盾もいらん」
大男はもう一度2人をにらみます。
「これさえあればな」
そう言って、大男は竿にぶら下げた赤い風呂敷包みを人々の頭上で揺らしました。
「これさえあれば、全てが解決だ」
人々から歓声が上がります。
「見たいか?」
人々はうなづきます。
「聞きたいか?」
人々は大きくうなづきます。
その時です。
一羽のカラスが、その風呂敷包みをひょいと咥えて飛び去りました。
人々は叫びました。
大男も叫びました。
商人も叫びました。
男も叫びなした。
「待てー!」
しかし、カラスと赤い風呂敷はすでに山の彼方に見えなくなっていました。
それ以来、カラスの行方は杳としてわかりません。
カラスと同時に、あの風呂敷包みの中身が何だっのか、それも謎のままになりました。
中国のある博物館には、その時のカラスの剥製が展示してあるそうですが、恐らく偽物です。
「あの中には、矛盾を解決する何か、人類の叡智を超えたものが入っていたに違いない」
ある学者は言います。さらに、
「そんな大切なものが、そう簡単にこの世から消えるはずはない。今もどこかで、もしかしたら、誰かの手の中に眠っているのかもしれない」
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