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『袋とじの人生』

もちろん、いますよ。そんな人はね。

その店のオヤジは語り始めた。

推理小説の最後のページを先に読んでしまう人がいるでしょう。
同じように、自分の人生の結末を先に覗いてしまう人がいるのですよ。
もちろん、違反です。
規約にも小さな文字ですが、きちんと書かれていますよ。
なんびとも、いかなる時も先のページを見てはならないとね。
でも、そんな規約を読まない人がいるのです。
わざわざ口頭で説明もするのですけどね。

オヤジはグラスの酒を飲んだ。

見るだけなら、まだマシですよ。
自分で勝手に見たくせに、取り替えてくれという奴がいるのです。
この結末は気に入らないから、取り替えてくれと。
もちろん、お断りしますよ。
人生を途中で取り替えるだなんて、できるわけがない。
少し考えれば、分かりそうなもんです。

オヤジはグラスを飲み干して、おかわりを注文した。

でも、中にはしつこいのもいます。
まあ、もともとそんな奴だから、結末もつまらならないんですけどね。
本人はそこまで思い至りません。
どんな物語にも、それにふさわしい最後があるのですがね。
それを理解せずに、文句を言ってくるのです。
え、そんな時はどうするのかって?

オヤジは白い顎ひげを撫でた。

わかりましたと言って、同じ人生を渡してやるのです。
ただし、最終章を袋とじにしてね。
みんな、ニヤニヤしながら喜んで帰っていきますよ。

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