見出し画像

『ペスト大流行』を読む

昨日は家族と調子よく過ごしていて、またしても記事投稿を飛ばしてしまいました。しっかりと反省し、気を取り直して今日から再出発します。本日は、自宅で積ん読状態になっていた村上陽一郎『ペスト大流行‐ヨーロッパ中世の崩壊-』(岩波新書1983)の読書ノートです。あとがきを含めて189頁とコンパクトにまとまっている書物です。著者の紡ぐ文体との相性が良かったのか、読み始めてから2時間弱で読了できました。

ペストって?

著者の村上陽一郎氏(1936/9/9-)は、科学思想史の大家、『安全学』の権威として知られ、東京大学/国際基督教大学名誉教授、豊田工業大学次世代文明センター長を務められている方です。本書は、氏が1960年代東京大学大学院在学中に発表した論文をベースに書かれたものです。

ペスト、という病名はもちろん知っていましたが、どんな病気なのか?と聞かれたら、曖昧にしか答えられません。ペストが「悪疫」を意味することばで、歴史の記録の中に現れるペストが、現在知られているペストと同一のものなのかは疑わしい部分がある、ということを本書を読んで初めて知りました。伝染病の世界規模での流行を意味する「パンデミック Pandemic」が、「エピデミック epidemic」からの派生語で、「民衆…ギリシャ語のdemos」に由来していることも興味深かったです。

また、ペストの特徴的な症状には二種類あることも知りませんでした。一つが突然高熱を発症し、リンパ腺が腫脹を起こし、全身の皮膚に紫斑や小型の膿胞が現れる「腺ペスト」で、もう一つが、呼吸器系が冒され、血痰や喀血などを伴う「肺ペスト」です。ペストは、現代でも完全撲滅には至っておらず、発症すると死亡率が高い厄介な病気です。

構成が巧み

本書が読み進め易いと感じたのは、章構成の配置が巧みだったことも影響しているように思います。序章では、ペスト菌発見の歴史、北里柴三郎と東京大学との確執などのエピソードが収められていて、導入部としてうまく機能していると感じました。

サブタイトルに ーヨーロッパ中世の崩壊ー とあるように、過去何度も起こっているペストの大流行の内、ヨーロッパで猛威を振るった14世紀の黒死病が考察の焦点になっています。

簡潔で中世のイメージ醸成に役立ったのは、第二章で、
● 9世紀頃から採用された三圃農業が11世紀末までに普及し、収量が飛躍的に増大した。農業に馬を活用する技術が急速に高まった。
● 上記の農業革命によって農業共同体は豊かになり、人口を維持・増加できる力が備わったこと、それに伴って中世都市も出現した。
● 都市には自然発生的に大学が生まれ、学問的知識が蓄積されるようになっていった。
ことで、11~13世紀はヨーロッパ社会にとって繁栄の時期だったが、14世紀には翳りが見え始めていた、黒死病の大流行はその時代に起こり、以降の大きな変化をもたらしたという説明が簡潔になされています。

第三章は、黒死病前夜の時代状況説明で、14世紀は異常気象や自然災害による大飢饉、イナゴの大量発生(蝗害)などが相次ぎ、民衆が疲弊し、社会不安も高まっていた時期だったことが、黒死病被害を甚大にした伏線にもなっていたという考察が加えられています。

また、キリスト教の不寛容性が悪い形で現れたイスラム教徒やユダヤ教徒の虐殺の歴史、「メメントモリ(死を忘れるな!)」の思想の萌芽なども興味深く読みました。



この記事が参加している募集

サポートして頂けると大変励みになります。自分の綴る文章が少しでも読んでいただける方の日々の潤いになれば嬉しいです。