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『独裁の世界史』を読む

本日の読書感想文は、本村凌二『独裁の世界史』(NHK出版新書2020)です。最近『独裁者』『独裁政権』に興味を持ち、理解を深めたいと感じていたので、タイトルに惹かれて衝動買いしました。

政治形態の理解を深めるのに最適な本

著者の本村凌二氏は東京大学名誉教授(文学博士)。本書は2020年11月に出たばかりの最新刊で、教養動画メディア『テンミニッツTV』で講義された内容をベースに書籍化されたものです。

本書には「独裁者が消えないのは、なぜだ?」と書かれた赤色の目立つ帯が巻かれていますが、必ずしも本書の趣旨や著者の提言とはマッチしておらず、個人的にはイマイチだと思います。

本書では「条件付き独裁政」については肯定的に扱われていると感じます。怖ろしいマイナス面だけが際立ちがちな「独裁」ということばを正しく理解する一助になると思います。

本書は、四部構成です。第一部でギリシア、第二部でローマ、第三部で近現代の政治形態を巡る歴史から教訓を学び、第四部がベネチアの共和政の例を紐解きながら現代に知恵を活かす方策を考える体裁になっています。理解し易く工夫された構成と編集は見事だなあと感じました。

本書は簡潔に政治形態の理解を深めるのに大変有益な書だと感じています。私は、序⇒四部⇒三部⇒一部⇒二部の順に読んでいきましたが、とても理解し易かったです。更に理解を深めるなら、「テンミニッツTV」(月額1,375円の有料会員になれば全番組見放題)の先生の講義もあわせて聴かれることをお勧めします。

独裁政【悪】⇔ 民主政【善】は短絡的

本書を読み終えて真っ先に思ったのは、短絡的に『独裁政【悪】⇔ 民主政【善】』という図式で理解しては駄目だ、ということです。

序で引用されたチャーチルのことばの通り、現時点では、民主主義は、最良・最善ではないにせよ、最もマシな政治形態だと考えられます。「マシ」なだけで、絶対的な最適解ではないことがミソです。

民主政の最大のリスクは、衆愚政治(ポピュリズム)に陥ることです。見識も、高潔な精神も、権威も欠いた人物が権力を握ると、大衆迎合型の無責任な政治行動を繰り返して共同体内が腐敗して没落に繋がることは歴史が証明しています。民主主義は本質的にはポピュリズムの要素を孕んでおり、民主政を運営する負の側面、落とし穴は抑えておかねばならない知恵です。

本村先生は、日本の政治運営を考えるヒントとして、500年の命脈を保ったヴェネツィア共和国の共和政運営を評価しているように感じます。ローマの発明と考えらている共和政は、独裁政と民主政の中間的な政治形態として勉強しておく価値があると感じています。

ギリシアとローマは無視できない

再認識したのは、政治形態をギリシアとローマから学ぶことの重要性です。テクノロジーが人知を超越しつつある現代で、リベラルアーツの素養を持つことの重要性が叫ばれるケースが増えています。リベラルアーツの素養は、文学、芸術、哲学、社会学、論理学などであり、その端緒であるギリシアやローマにぶち当たります。

私は、政治学が元々好きなので、本書で扱われているギリシアの都市国家、直接民主政、ローマの共和政、帝政の歴史の変遷、などは非常に面白く読めました。

「デジタル独裁」の時代への提言

第15章に『「デジタル独裁」という未来』という章が設けられています。「デジタル独裁」は、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリが2018年1月のダボス会議で語った概念です。

コロナ禍という事態において、本村先生は以下のように記しています。

私がいま必要だと考えるのは、独裁を徹底的に忌避することではなく、部分的かつ限定的に取り入れていくことです。そして、そのためのヒントになるのが共和政の歴史だと思います(P225)

デジタル化やAI化の進展によって、人間が自由に使える時間が増えることが予想されます。21世紀型の自由を基調とした社会主義や共産主義が機能する可能性も示唆しています。「デジタル独裁」の正の局面です。

一方でAIが判断し、決定する「デジタル独裁」には、AIが正しいと判断したことを徹底的にやり尽くそうとするので、人間が主役の独裁以上に深刻な問題を引き起こす可能性も指摘されています。独裁の危険性を熟知し、監視し、制御し、制限してきた人類の知恵が通用しなくなる危険性です。

尚、ここでの中心的な議論ではないものの、この章の前半の「近代人の自由と古代人の自由」の文脈で引用される以下の文は印象的でした。

私は、人間の本来のあり方は、ホイジンガのいう「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」だと思います。(P224)


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