『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』を読む
本日は、麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社2022)の読書感想文です。2023年一発目の読書記録になります。
20のTwitter文学
本書は、普段愛聴しているVoicy『荒木博行のbook cafe』で1月3日放送分で紹介されていたのを聴いて、知ることになりました。
「これは読む価値がある……」と思い立ち、先週末に松本市内の本屋に立ち寄った際に購入し、その夜に一気に読み終えました。著者の麻布競馬場(アザケイ)さんが、これまでにTwitterやnoteで発表し、話題になった作品を一冊にまとめたものです。140文字という制限があるTwitterで、幾つかに切り分けられたブロックを積み上げるように書かれたものだったようですが、それぞれスラスラと読め、そういう区切りがある形で発表されていたとは微塵も感じませんでした。20の作品それぞれに特徴があり、悲しい気持ち、悶々とした気持ち、苛立つ気持ち、に次々と襲われていくうちに、読み終えていました。
2802号室
幾つかある中で、3番目に収録されていた『2802号室』が気になりました。この作品の主人公は、私と同じ兵庫県加古川市出身です。勉強はできるが、足が遅いことにコンプレックスを抱えていた少年だったと告白しています。
主人公は28歳。早稲田大学に合格して上京し、在学中に祖父からの経済的支援で留学もし、卒業後は渋谷のメガベンチャーに就職し、数年前に転職し、副業も成功していて、港区のタワーマンションの高層階に暮らしています。申し分のない勝ち組の人生を謳歌しているように見えます。ただ、自分のことを語る口調は、淡々と無機質で、どこか投げ遣りな感じが漂っています。ただ、祖父について語っている時だけは、怒気と苛立ちの感情を滲ませています。
前後の文脈との相関薄く、唐突に挿入されてくるこの不思議な一節が、強く心に残りました。
自分も東京の落伍者
私も高校を卒業したら、上京して東京で学生生活を送り、生まれ故郷には帰らずにそのまま東京で就職し、社内留学でMBAを取り、いずれは世界を舞台にキャリアを積んでいくことに憧れたクチです。生まれ故郷の加古川で一生を送るなんて冗談じゃない、そんな人生は真っ平御免だ…… と思っていました。親と折り合いが悪かった訳でも、友人に恵まれなかった訳でも、地元を毛嫌いしていた訳ではないものの、生まれた場所に縛られて人生を終えることだけは、絶対に嫌でした。
就職して、東京本社の部署に配属されたことで、『ここからやっと自分の人生がスタートできる……』と思ったのは、事実です。東京には無限の可能性と自由があると疑いなく信じていました。この作品に登場する多くの主人公たちと似たタイプの人間、生き方を選んだひとりです。
私も、東京に憧れ、東京に期待を裏切られた数多い落伍者たちのひとりなのだと思います。これから先も東京と完全に縁が切れることはないと思うものの、暮らすのは東京以外に…… と思うくらい、東京には心理的距離があります。
何が『東京』なのか?と問われると、返答に窮します。東京=記号であり、幻想であることを再認識させてくれた本でした。この作品群が、私にササったのは当然だったように思います。
サポートして頂けると大変励みになります。自分の綴る文章が少しでも読んでいただける方の日々の潤いになれば嬉しいです。