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HSP*完璧主義はいつまでも満たされない。でも適当もわからない

こころの勉強を少しずつやっているけど、結局、自己啓発やスピリチュアルな分野に行き着いてしまい(それがわたしの過去に、知識の蓄積があるから)復習のような考えになり、最後は哲学的な「人はだれもが存在価値があって、誰もが輝かしい存在」というような、ふわふわした結論になってしまう。

あなたは生きてていいんだよ。
でもつらい世界か優しい世界を選ぶのかは、あなた次第だよ、的な。

HSPやこころの弱い人は、0か100かみたいな考え方をする人が多い

そんな考え方の人がつらいときに、「生きてていい」と言われても、じぶんには価値がないんだし、迷惑かけるだけだし、だれもわかってくれないし、もう生きていくことはないだろうと、0(ゼロ)の発想になってしまう。

完璧主義なのだ。がんばるときはじぶんのつらさや悲しみも忘れて、ひたすら人のため、何かじぶんを必要としてくれるもののために、生きている。

はっと気がつくと、じぶんは何がやりたくて、何が好きなのかがわからなくなっている。そこも0か100か。

テキトーに流すことができず、かといってじぶんのことは適当に考え、誰かの顔色や態度を感じ取り、悪い方に妄想して、エネルギーがなくなる。

ダメなじぶんを認めて、でも自己否定じゃなく、上から目線でもなく、卑下でもなく、水平な目で、じぶんを見てみる練習は、できないものだろうか。

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タロットの正義のカード。わたしはこのカードが苦手だった。正論で攻撃する人が苦手で、そんなことを思わせるこのカードが出た時は、欠点をしてきされたようで恐怖で落ち込んでいた。

でもこのカードは、人間は人間が裁くほかないのだから、公平な、持ってる天秤のような考え方をして、という意味がある。

感情や一時の激しい気もちに流されないで、一旦こころを鎮めて、なるべく論理的に、いろいろな方向から考えてみましょうと。

みんなが迷惑をかけてこの世界を生きている。一生懸命になればまわりが見えなくて、迷惑をかけていることもわからないかもしれないけれど、それは誰もが同じこと。どんな人だって迷惑をかけて生きている。

役に立たなくていい。歯車の一つだと思うのなら、1つ欠けても動かないのを実感してみようよ。もしくは誰かが喜んであなたの代わりをしてくれることを知ろうよ。じぶんのためにチカラを使おうよ。

少しだけテキトーになって、70ぐらいのチカラで、モノゴトを考えてみようよ。

完璧主義じゃないって思ってる人ほど、きっと執着とかに縛られて、新しい考えや行動ができてないかもしれない。
ちょっと離れた位置で見てみるぐらいが、いちばん絵がきれいに見えるよー。やってみて。ゆるいこと。少しだけ。


▼完璧主義だから創造ができないと思ってしまう問題▼


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