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"悲しみと怒りが渦巻く世界で…" もののけ姫 (ネタバレレビュー)

僕にとって「もののけ姫」は小さい頃のトラウマの1つだった。当時、実家に「もののけ姫」のVHSがあったのだが、パッケージに描かれていたコダマが不気味で仕方なかった。そしていざ本編を見てみると冒頭に登場するおぞましい姿をしたタタリ神がとても恐ろしく、最後まで見る事が出来なかったのを覚えている。その後もテレビ放送で「もののけ姫」を見る機会は何度もあったのだが、今の今まで未見のままだった(これには色々理由があるので記事にするかもしれない)

そんな中、スタジオジブリ作品のリバイバル上映が始まった。スタジオジブリの過去作が映画館でかかるのは珍しいし、せっかくなら初見は大スクリーンがいいだろうと思ったので今作を見に行ったのだが…こんな大傑作を今までスルーしていた自分を殴りたくなる程に圧倒された。

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やはり圧倒されたのが憎悪に囚われた世界の捉え方だ。主に2つの対立軸から憎悪の連鎖を描き出している。1つ目は自然と人間の対立だ。長い時をかけて作り出された自然を切り崩し続ける人間達に山の守神達は憎悪を剥き出しにする。一方の人間達も自分達の発展を阻む守神の存在が疎ましくて仕方がない。この対立軸はこれまでのスタジオジブリ作品でも何度も描かれ、自然の大きさや偉大さが際立つような味わいがあった。しかし今作では自然も人間も憎悪によって崩壊、もしくは自壊していくものとして描かれていく。それはアシタカの故郷もエボシ御前のタタラ場、精霊達の超越した自然も憎悪の応酬によって現在語られている歴史の主流からかき消されている事からも分かる。憎悪を目の前にして自然も人間も全て平等なのだ。

2つ目は自然同士、人間同士の対立だ。同じ自然を象徴するものであっても乙事主のように自然同士でも人間に牙を向くものやモロの君のように滅びゆくものであると悟るものがいて溝は埋まらない。そして人間同士は言わずもがな常に争い続けている。人間は生きているだけで憎悪を撒き散らす。

そんな2つの対立軸が複雑に絡み合ってほどけなくなってしまう。利害関係が一致したエボシ御前とジコ坊が結託してシシ神の首を狙っている最中に、鉄を狙うアサノ公方率いる武士がタタラ場を襲う構図はもはや単純な二項対立では表現出来ない。そして戦いは混迷を極め、何が正義で何が悪なのかも分からないまま敵対勢力にも身内にも憎悪を撒き散らしていく。この縮図は今なお続く世界の混迷そのものである。

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そしてこの憎悪を一身に引き受けるのは弱者や若者達だ。アシタカはタタリ神の憎悪に呪われるし、モロの君に育てられたサンは自然の怒りを鎮めるために用意された生贄であり人にも獣にもなれない宙に浮いた存在だ。そしてタタラ場で働く人々は身売りされた女性や差別の対象であるハンセン病患者である。宮崎駿は憎悪に支配された世界の悲しみと怒り、理不尽な現実、そして形あるものは全て滅びる運命であるという達観を容赦なく突きつける。

…だが突きつけるだけでは終わらない。シシ神の暴走によって自然も人間も憎悪に飲み込まれようともアシタカとサンは研ぎ澄まされた刃のような真っ直ぐな眼差しで世界を見据え、全てを破壊した上で憎悪の連鎖を断ち切る。そしてまた一から世界を作り上げていく。宮崎駿はアシタカとサンを通じて若者達に混迷を極める世界で生きていく力を与えているのだと思う。

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そして艶かしさを感じるアニメーションと人物描写にも驚かされる。タタラ場で働く人々のイキイキとした表紙や動き、神々しい自然の風景と禍々しさ、人体切断などのゴア描写に躍動感や生命力を感じずにはいられない。それは命なき所に生命を宿すというアニメーションの本質そのものだと言える。またアシタカとサンの慎ましやかな愛を感じさせるやり取りや弱者を守る人格者と目的のために残忍な手段を選ぶエボシ御前の二面性など類型的な人物描写とは一線を画す。複雑な人物描写によって混迷を極める世界に生きる人々に血を通わせる。

極め付けは久石譲の壮大な劇伴だろう。重厚な太鼓の一撃は一瞬にして観客の神経を研ぎ澄まし、メインテーマであるアシタカせっ記と共に「もののけ姫」とタイトルが出た時点で今作の力強さの虜になってしまう。またこのメインテーマはヤックルに乗るアシタカの旅路に壮大さや深みを付与している。そして米良美一の歌う「もののけ姫」にこれまで書いてきた世界観やテーマ、感情の全てが込められている。見ている間、何度も鳥肌が立った。

声優陣の演技ももちろん素晴らしい。松田洋治の曇りなき声や石田ゆり子の気高さと弱さを兼ね備えた声に感情を鷲掴みにされるし、田中裕子や小林薫、森繁久彌、美輪明宏の歴史や人生の重みを感じさせる演技も凄まじかった。

憎悪に支配された壮大な世界観、生命力を生み出すアニメーション、全てを包み込む音楽…本当にただただ圧倒されるばかりだった。こんな凄まじい大傑作をテレビではなく映画館で体感出来て本当によかった。

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