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詩の効用|2020年6月13日の日記

雨。

お昼に起きてかんたんに部屋の掃除をしてから、ずっとパソコンに向かっている。なにも生みだせない。どうせなら本を読んだりしたいが、やるべきことを先のばしにしているときにはそういう気晴らしはできないものだ。インターネットに時間がとけていく。


あたまのなかに他人のことばがあり、たえずわたしを否定する。自分の意志も信じられなくなる。わたしを支えてくれることばをさがす。


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池澤夏樹『詩のなぐさめ』の冒頭に詩と引用についていう箇所がある。

 よくできた小説はあなたをまず別の世界へ連れてゆき、そこでちょっとした冒険をさせて、やがて日常に戻してくれる。[……]
 それに対して、詩は今いるところであなたの心に作用する。知性に働きかけ、感情によりそい、あなたは独りではないとそっと伝えてくれる。だから詩を読むことを習慣にするのは生きてゆく上で有利なことである。
 引用は軽い。本当に一つの思想を理解し、すっかり自分のものにして、それを中心に据えて自分のものの考えかたや生きかたを構築するのではない。大岡信の一篇はレヴィ=ストロースの構造主義に匹敵するものではない。それでも『春 少女に』の詩の一つを知っていると、ちょうど壁に一枚のクレーを飾るように、なぐさめられるのだ。
 詩は少ない言葉で多くのことを伝える技術である。いわばコンピューター用語でいうところの圧縮が掛けてある。解凍しなければならないわけだが、その方法は簡単。一度で済ませるのではなく二度か三度読めばいいのだ。もともと短いのだから時間はかからない。それでびんびん心に響いてこない詩はたぶん今のあなたには向かないから、ひとまず捨てて別の詩の方へ行った方がいい。[……]


読んだのは3年くらいまえのことだが、詩の「実用性」というとらえかたがとても印象にのこって、いまでもあたまのすみに置いている。



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わたしの知る詩のひとつに、いまさら紹介するまでもないが、茨木のり子の「自分の感受性くらい」がある。

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

あまりにも有名な冒頭の一節。たった18行の詩をなんども読みかえし思いかえしては凛と生きよと叱咤する。


もうひとつ、谷川俊太郎の「さよならは仮のことば」がある。最初の一節を引く。

夕焼けと別れて
ぼくは夜に出会う
でも茜色の雲はどこへも行かない
闇にかくれているだけだ

知ったのはインターネットだった。朗読する声のあまりの静謐さにこころがふるえたことをおぼえている。

この詩は最後の一節がとくにいい。どうにか生きていかなければならないわたしたちにのこされたひとかけらの希望。


だれかがだれかに詩を贈り、それをわたしが知って、大切な詩になる。

詩を諳んじる教養など身につけるべくもないけれど、わたしの本棚はわたしの通った道を知っている。


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ちょうど2年前、2018年の6月のおわりから、tukifune(@tukifune)さんのマニーケースを愛用している。

これも「詩」だな、と思う。ひとりの作り手の思いがつまっていて、洗練されてうつくしい。

フジ イサミ(@z_ytkt)さんの装身具もそう。


わたしはものを買うのが得意ではないが、なやんでなやんで買ったものはひとつのこらず好きだといえる。いつも身につけているものを愛することは、「詩を部屋に飾る」のと同じだと思う。


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なにをしているんだろうなわたしは、と思うときがあっても「せめて……でありたい」ということはできたけど、いまはそれもない。せめて、なにかよいものにむかっていく途中であると信じていたい。


詩集から顔を上げれば息継ぎのようにぼくらの生活がある


こうしてことばにすがろうとしていても、改札で手をふってくれていた姿とか、なんの根拠もない「大丈夫」とか、けっきょくはそういうものにすくわれている。

せめて、大切なひとたちを大切にしていたい。


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メモ

食事
https://scrapbox.io/marimo-alt/2020年6月13日にたべたもの

日課
・スクワット 20回 3セット
・土曜夜の散歩 ログインボーナスをえる

ラジオと動画
・オモコロチャンネル
・匿名ラジオ

読みもの
・『日本国語大辞典』をよむ(今野 真二) | 三省堂 ことばのコラム
──第20回 ギロッポンでシースー

盗人の隠語がたくさん登場。『レ・ミゼラブル』でも「隠語」について長々と取りあげていた章があったな。わたしはエポニーヌが好き。

・高橋源一郎「一億三千万人のための『論語』教室」
──「コロナの時代」に「論語」を読むこと。20

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引用(上から順に)
・池澤夏樹『詩のなぐさめ』、岩波書店、p.2(「イェイツの詩と引用の原理」)
・同、p.4
・同、p.4-5
・『谷川俊太郎選 茨木のり子詩集』、岩波文庫、p.171-172
・『自選 谷川俊太郎詩集』、岩波文庫、p.347-348
・木下龍也・岡野大嗣『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、ナナロク社、引用は木下龍也の歌

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