タイトル未定


鎌倉で暮らしてみようかなと思って。


1ヶ月半ぶりのちゃんとしたセックスの後に、勇気を出して打ち明けてみた。何故そのタイミング?と言われればそれまでだけど、そのくらい私たち2人にはじんわりと会話をする場面がなくなってきていた。天井を見つめたままの私。少し寝返りを打つ彼。無言のまま冷蔵庫の麦茶を取りにいかれてしまうのかなと思っていると、一言。


良いんじゃない。


なんで鎌倉?とか、この家から出て行くってこと?とか、別れるってこと?とか。問いただされたら問いただされたで、説明は面倒だったのでこれで良かった。このちょっとした安心感と寂しさは、想定の範囲内だった。


もちろん付き合いたての頃は違った。まだ互いに大学生。それぞれ小さなアパートを借りていて、でもしょっちゅうどちらかの家で寝泊まりをしていた。初めての夜も、あの西日暮里の線路沿いの3階だった。


あの頃の夜は「2人で模索するもの」だった。好奇心に溢れた時間を過ごしていたように思う。第一フェーズ。


その後、私にとっては段々と「抱かれるもの」みたいな感覚に変わっていった。一緒にするものではなく、されるもの。彼だけじゃなくて、他の男の人からもそういう目で見られるということが快感でありステータスであった時代。第二フェーズ。


そして気がつけば「しなくても死なない、なんとなくしたほうがいいもの」という所に辿り着いていた。彼から粗末に扱われているわけではなく、でも特別に大切にされているとも感じない。淡々と事が過ぎる。7年も一緒にいれば、そんなもんなのかな、第三フェーズ。


こんな話を、この間マナミに会ったときにした。別に体力も気力もないし、今さら何をどうしたいってわけでもないんだけどねぇ...と力の抜けた補足もする。するとマナミからこんな提案が飛んできた。


ねぇねぇ突然なんだけど、
一緒に鎌倉で部屋を借りない?
女二人、住めるくらいの広さのさ。
ほぼリモート勤務なら鎌倉でもいけるよね?
最悪一時間もあれば都内に出れるし。
あと彼氏さん、年上だったよね?もうすぐ30?
結婚の話が出ない理由、
引っ越したら分かるかもしれない!
とにかく一緒に環境、変えてみようよ。


普段の私だったら「いや、いいよ...」と断るところを、なんとなく今回は乗ってみたくなった。言われてみれば、確かにそうだった。結婚のけの字も出てこない。一足先に社会人になった彼の家に転がり込んでから、ここ数年何も変わっていない。特に別れる理由もなく、ずっと一緒にいることが当たり前になっている気もする。せっかくの機会、ここで少し踏み切ってみるのもありかもしれない。


ということで、マナミとの物件探しがさっそく始まった。よくよく話を聞くと、今住んでいるマナミの部屋はカビが酷くてちょうど引っ越したかったとのこと。マナミは鎌倉勤務なので、職場まで自転車で通える距離のところがいいなとか。海側じゃなくてもいいかなとか。ここだと最寄りのスーパーまで15分も歩きそうだけど運動不足解消になるかとか。2人でワクワクしながら新生活をイメージした。


一件、気になる物件を見つけたのでマナミが不動産屋に問い合わせた。平日の昼に内覧が決まり、「私が1人で仕事の休憩の合間に行ってくるね」との連絡が入った。最初はそのままお願いすることにしようと思ったのだけど、私も行っておきたいと思ったのでわざわざ有給申請をした。まるで遠足の前の日の小学生かのように、何故だかその夜は眠れず、そして翌朝の目覚めも早かった。まだすやすやと眠る大きな背中を横目に、そそくさと家を出た。内緒の小旅行だった。


本当に朝早くに出たので、鎌倉に着いてから朝ごはんを食べることにした。鎌倉女子中高の学生さんたちの登校に紛れながら、お店の前に並んだ。店前の黒板の字の如く、やさしくて温かく、でもしっかりとした朝ごはんだった。


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マナミとの内覧まで時間があったので、海沿いを歩いたり休んだり。駅前に市場があることにも驚いたり。まだ始まってもいない生活を想像し、早くもワクワクしていた。


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マナミとの時間になったので合流して、不動産屋に指定された場所へ行く。私たちより若そうな女の子が書類を持ってマンションの前に立っていた。緩い説明を受けて、中に入り、お〜いいじゃん!とマナミと目を合わせる。一通りの設備を確認して、不動産屋の車に戻り、「もう一件、似たような物件が逗子にありますが、そちらも見て行かれますか?」と聞かれた。大きな買い物なはずなのに、私とマナミは声を揃えて「いや、大丈夫です。ここにします」と返事をした。



不動産屋は「え?そ、そうですか。ではこちらの書類に」と少し驚いてドタバタと紙を準備し始めた。その間にマナミとは、家賃をどう分配するかのお金の話をした。「彼のこともあるだろうから、鎌倉は二拠点目って感じで使ってくれて構わないよ。だからこんな配分にしよう」と言われてホッとし、ハッとした。そうだった、私には東京での暮らしもあるんだった。


「では、契約は二週間後の土曜日からになりますので、必要手続きは来週中に店舗にてお願いいたします」と不動産に言われて、解散。マナミも仕事へ戻り、また私は1人になった。こんなにトントンと話が進んでしまっていいものなのか、マナミの勢いに乗ってしまったけど大丈夫なのだろうか。色々考えてもウジウジしても、時は流れていく。とりあえず貰った資料や契約書を眺めながら、マナミの仕事終わりを待ち、夜ご飯を一緒に食べて東京へ帰ることにした。


せっかく鎌倉に来たんだし、海岸の方で食べようということになり、入ったお店はタイ料理。本当に由比ヶ浜の海岸沿いのお店で、海を見ながら食事ができる2階のお店だった。まだ少し明るかったけれど、高校生だか大学生だかが小さく打ち上げ花火をしている様子が見えた。



これも美味しそうあれも美味しそうで頼みすぎちゃったねエヘヘと、二人で楽しく食べていたら、少し遠くから男の人の声がした。


あの人たちが食べてるあれ、なんですか?


どうやら店員さんに話しかけているようだったけど、あまりにも大きな声だったので驚いて我々もそちらの方向に振り返ると、目が合ってしまった。あっ・・・といった変な間の後、マナミが彼に話しかけた。


よかったら食べます?私たち食べ切れなくて。


え?初対面の人に突然お裾分け?まぁいいけど、向こうもビックリじゃないかな・・・なんて心配をしていたのも束の間。マジっすか!と彼が嬉しそうに笑って、ぜひぜひ〜と気付いたら3人で卓を囲んでいた。マナミの積極性、本当に恐るべし。


小麦色した肌の彼は、私たちの残飯を美味しそうに平らげていった。こんがりと健康的に焼けた感じとその雰囲気から、おそらく地元のサーファーだろうと憶測した。歳も近そうだったので詳しく話を聞くと、同い年だった。ここらへんの出身で、高校からは実家を出て、つい最近まで東京の設計会社で不動産系の仕事をしていたとのことだった。都会での日々に忙殺され、そろそろ転職かなと思ったときに、ふと地元に戻る選択肢が頭をよぎったそう。サーフィンは趣味程度に昔からやっていたらしく、今はサーフィンスクールの先生として働いているらしい。「名前に"海"って漢字が入ってるから、まぁそろそろ海に関する何かをする人生にしようかなって思って!」と明るく彼は補足した。


カオマンガイの最後の米粒まで綺麗に食べ尽くした彼は、じゃあまたどこかで!と元気に挨拶をして私たちより先に店を出て行った。面白い人だったね、あ、そろそろ電車の時間じゃない?とマナミが時計を見る。JR鎌倉駅まで戻るには少し距離がある。確かに、と急いで荷物をまとめてレジへ向かうと、「お会計済みですよ。先ほどの方。」と告げられた。しまった、やられた。連絡先も聞いていなかったので、どうお礼ができるか。そんなことを考えながら、鎌倉駅へと向かい、電車に飛び乗った。


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[つづく]



かもしれないし、
つづかないかもしれない。

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