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渡航制限の時代に、空港という空間について、改めて考える

今年5月にNetflixでリリースされたばかりの、ベルギーのTVドラマ「イントゥ・ザ・ナイト(Into the Night)」を観た。突然太陽が異常を起こし、飛行機に乗った少人数のグループが太陽を避けて西周りに飛び、生き延びようとするシナリオだ。普段、終末ものSFスリラーはあまり観ないけれど、空港と飛行機への妙なノスタルジーが募り、ついハマってしまった。

コロナウイルスの影響で、各国が渡航制限を出し、外出自粛を進めるなか、「飛行機に乗ること」、「飛行機に乗って遠い世界を旅すること」は、なんだかすっかり遠い過去のことのようにも思える。コロナ収束後も、人々がこぞってまた海外旅行に出始めることは、正直、しばらくないだろう。マス・ツーリズムの終焉や、航空業の低迷による環境負荷の減少自体は、ポジティブな文脈で語られても良いと思う。

一方で、私は今まで、飛行機で海外を飛び回ることに、恩恵を受けてきた人間だ。

元々人一倍飛行機に乗ることが多かった私にとって、外出自粛で外食できないことよりも、クラブに行けないことよりも、空港に行けなくなった(行かなくなった)ことの方が、変化として衝撃的だった。スーツケースに荷物を詰め込んで、深夜バスで空港に向かう時の、眠いながら変に高揚した気分を、ノスタルジーと共に今、思い出している。

空港情景

私の空港エピソードは、書き出すとキリがない。正直、良いことばかりではない、というか、空港にはハプニングがつきもののようにも思う。

乗り継ぎ便で、最初の便が遅延して、空港の端から端まで、全速力で走った挙句乗れなかったり。

搭乗ゲートでパスポートの上に運悪く座ってしまい、表紙が本体とほぼ剥がれかけた状態で飛行機に乗り込み、15時間のフライト後、果たして渡航先に入国できるのかやきもきしたり。

コロンビアから日本に帰国する際、アメリカ経由の飛行機を予約して、乗り継ぎ時間も数時間程度だったのでそこまで気に留めていなかったが、フライト当日、空港のカウンターで、「有効なESTAを持っていないため、飛行機に搭乗できません」と告知されて、我を忘れて怒り狂ったこともある。

ハプニングだけでなく、ちょっとポエティックでロマンティックなエピソードも多い。

例えば数年前、羽田からボストン行きの飛行機が当日24時間の遅延となり、どうしても明日アメリカに着いていなければならないんだと交渉して、乗り継ぎでホノルル行きの飛行機に変更してもらったことがある。11月のボストンに行く予定だった私はセーター姿。蒸し暑いホノルル空港での数時間の乗り継ぎを待っている間、私は完全アウェーだった。それでも、ホノルル空港に到着し、飛行機から降りた時、南国特有のむちっとた風が肌にあたり、風に混じって海の匂いがした瞬間は、一生忘れられない。

空港でのエピソードを集めたマガジンとか作ったら、絶対面白いんじゃないか。

空港ノスタルジーに駆られて、ずっと気になっていた温又柔の『空港時光』にも手をつけた。同じようなブティックが並んだ非常に資本主義的、かつ殺菌された空間である空港は、パスポートで全てが判断される匿名的である意味非人間的な場所。それでも温又柔の手にかかれば、妙に人間らしい空港の姿が浮かび上がってきて、懐かしくなる。

空港は果たして、本当に「非・場所」なのか

空港での数々の経験を思い出すたび、フランスの哲学者・マルク・オジェが、『スーパーモダニティの人類学に向けて』という本で言っていた、「非・場所」という概念を思い出す。

ホテル、道路、ショッピングモール、空港、高速道路など、画一化され、「通過するもの」である近代の場所、世界中どこに行っても同じような風景を形作るこれらの場所を、彼は「場所ではない場」と言った。

空港は、ここではネガティブな意味を付与されているわけだけれど、一方で、私にとって空港には、ヒューマンな側面もある。

例えば、画一化、資本主義の権化であるマクドナルドやコンビニ。空間構成やオペレーションなどは確かに世界中どこに行っても同じかもしれない。でも、学校帰りにマクドを居場所化する田舎の高校生グループとか、コンビニで働くスタッフの人間関係とか、近代的な「場所ではない場」でなお起こる人間のダイナミクスに、注目したいなと思う。

「あなたがどこにいて、どのように、なぜそこを通過しているのか、によって、空港という空間の持つ意味は変化する」と、昔読んだ論文に書いてあった。

近い未来、また空港に戻れるようになったら、しばらく椅子に座って、人間観察をしたいものだなと思う。空港を舞台としたエスノグラフィーは、絶対面白い。都市計画の文脈で言えば、Airport City (空港都市)という概念も今改めて考え直したい。

いずれにせよ、近代資本主義の象徴的な空間であった空港が、アフターコロナの時代に、どう変化していくか、とても興味がある。


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