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4.堂道、次長!③

 ひととおり食事を終えると、酒を片手に場所をソファに移した。
 たわいもない話をしながら、しつこくシャンパンをちびちび飲んでいた糸に、前触れもなく堂道が身体を覆いかぶせて来た。

「ん、課長……」

糸の意向にかまわず、どんどん舌を進めてくる。

「ま……って……」

唇は、会話にキスにシャンパンにと忙しい。

「……だめ、こぼれちゃう」

「ん」

キスをしながら器用に、糸の手からフルートグラスを奪ってローテーブルに置き、そのままの手で糸のふとももを撫でる。

「はぁ……ん。まだ……飲みたいのに」

「もういいだろ」

「やだ、ちょっと待ってください……」

「待てるか」

堂道の声はかすれて、すでに欲を帯びていた。
 凶暴なまでのキスを受ける。

「……はっ、あ……」

スカートの中で、ストッキングの上から堂道の大きな手が乱暴にはいずり回る。素肌を直接触られるよりすべらかだが、窮屈だ。
 動きが制限される。糸の脚のかたちも、堂道の動く手の範囲も。

早く脱いでしまいたいのに、ただひたすらに身体を撫でまわすだけで、一方で堂道の舌は凶暴で早急だった。
 
「ちょっと……ヤダ、待ってって、ば……!」

「やだやだうるせえよ! もう待てねえよ……」

「せっきょくてき……!」

糸はこれまでの始まりとの違いに感動で目を丸くする。

「ったりめえだろ。ようやく心置きなくデキんだぞ。なんなら、中で出してやろうか……いや、それはまずいよな。このうえ、順番逆とかさらにペナルティが……」

言いかけてから、堂道の指が糸の顔の輪郭を優しくなぞる。

「……いつも煩悩と理性の間でせめぎ合ってて、やっちまったら後は満足以上の後悔で……」

「……なんかすみません」

「いや、ちがう。俺はずるくて、全部糸にさせてた。ムリムリ言っときながらも、心ン中ではお前が襲ってくれるのを待ってた。……ダサくて、めんどくせえオッサンなんだ、俺は」

「ダサくてめんどくさい堂道課長が、私は好きですよ?」

堂道は嬉しさを不機嫌で隠したような顔をして、自分のシャツのボタンをはずしていく。

「……二年分、覚悟しとけよ。寝かさねえとかそんな甘いことじゃねえからな」

「ええ!? 課長もう四十二でしょ!? そろそろ性欲……」

「外で発散したくなるほどは気力がないってだけで、好きな女には無尽蔵に決まってんだろ。二十代にだって負けるかよ」

それから、ムードも予感もない服の脱がされ方をして、しかしまだ場所はソファだ。
 しかも、明るいリビングの雰囲気そのままで。

堂道が、裸になった糸をじっと見下ろす。

「……グラビア」

「どうせ、私は大きくないEカップですよ!」

「……十分贅沢だろ」

果実をもぎるように堂道は糸の胸に優しく手を伸ばし、やんわりと揉み上げた。

「……あんなの全然ソソられねえし。お前の方がもっとイイ身体だよ」

ベッドに行きたいとか、暗くしてとか、そんなことは思わない。

糸主導だったこの二年の数回は別として、堂道とのセックスにおいて、糸は昔から、行われる場所も時間にも注文をつけたことはない。
 行為や体位に「待って」はたまには言うけれど、始まってしまえば恥ずかしくてもたいていは受け入れる。

抱きたい場所で抱きたいように、衝動的で本能のまま、求め、求められるのは、行為における言いしれない幸せの一つだ。

堂道のしたいように、糸はしてほしい。
 したいようにされること。それが一番嬉しい。身体と同じくらい満たされる。

「い、と……」

途切れ途切れに名前を呼ばれたが、潤んだ瞳でただ見上げるだけだった。息が苦しくて返事もろくにできない。

同じように肩で息をする堂道からは、汗がぽたぽたと落ちてきて、自分が降らせた雨なのだと思うと嬉しくて、また心が震える。

堂道はベッドサイドに置いたボトルを直飲みして、口移しで糸に水を飲ませてくれた。

鬱陶しい前髪をかき上げたので、堂道の顔がよく見えた。
 糸の間から身体を抜いて、あられもなく大きく開いていた脚を閉じさせられるも人形のようにされるがままになっていた。

「……糸? 平気か」

目を閉じ、小さく頷く。

「おいおい、二年分はまだまだだぞ……」

今はそれに頷く体力さえ無駄遣いできず、消耗しないようにと、糸は動かず口許だけを緩めた。

「俺さぁ、年が上ってのも勿論あるけど、お前の事なら大抵のことは許せるよ……」

堂道は、糸の額に浮いた玉の汗を親指でゆっくりと拭う。なぜか眉毛も一緒になぞられて、くすぐったかった。

「けど……」

なかなか続かない先を、糸は視線で促す。

「……浮気だけは、たぶん無理だ。それだけはどんな理由があっても、一生許せないと思う」

しかし、糸はまだ若い。今はどうにか満足させられていたとしても、そのうちに堂道では物足りなくなるかもしれない。

「そうならないよう、努力すっからさ……。研究とかもしてさ」

「けんきゅう……って、どんな……」

思考がようやく声になる。
 どんな努力だというのだ。

「……そりゃ、おまえ……、そうだな、流行のテクニックとか?」

「どれだけ肉食なんですか……わたし……」

「だから、もうこの先の人生は、俺だけで我慢してくれ」

糸はおかしくて力なく笑ったが、続いた堂道の言葉に、下げた目尻から流れたのは静かな涙だった。

この人は、満身創痍のライオンだ。
 群れからはぐれた一人ぼっちの雄。

「堂道課長」

「あん?」

糸は頭上に手を伸ばして、堂道の顔を両手で包んだ。

「……私が一生、あなただけを大切にします」

「なんだ、プロポーズかよ」

「堂道課長こそ、覚悟してください」

運命はどこでどうなるか、わからない。

ずいぶん年上の、恐くてとっつきにくい上司と、人生が交わることになるなんて。人生を賭けるような大恋愛になるなんて。
 想像もしていなかったけれど、見逃さないでよかった。諦めないでよかった。

「お前は、俺の人生、最高のご褒美だ」

出会えてよかった。

そして、糸には少しだけの自負がある。
 孤独で、傷だらけの堂道を救ったのは、自分であると。

糸がごろんと堂道の胸に背中を預けると、水が跳ねた。
 糸の肩下の髪が湯にたゆたい、堂道の胸をくすぐっている。

「まず、指輪買うだろー?」

言いながら、堂道が糸の薬指に触れる。
 堂道の身体と糸は前後に重なって温かい湯に洗われながら、濡れた髪を触ったり、指で遊んだり、足を絡ませたりする。

雫垂れる前髪を堂道はかき上げながら、
「マンション観に行くだろー? 糸ん家、挨拶行くだろー? 俺の親んとこも一応行ってー」

「冬至さんに会いたい! 似てます?」

糸の弾んだ声が風呂場に響く。

「顔はな」

そう言って、糸の水際に浮かんでいた左右の胸を背中から回した両手で包みこんだ。

「性格は?」

「全然似てない。つか、お前なんか反応シロヨ」

「だって、そんな触り方、何も感じません。冬至さんと仲良くないんですか」

「なんだよ、かわいくネェな」

堂道はただ揉んでいただけの手を、指先にかえて刺激してくる。
 
「仲いいとか悪いとか、あいつとはそういう次元じゃねえな、もう。あ、惚れんなよ! あいつ、俺と違って人当たりがソフトっつーか。けど、性格は悪いからな!」

「あ、惚れま……せんよ……」

「それよか、糸のオトウサンどんな人? 兄ちゃんは?」

「……ふつう、です、はぁ……普通の、お父さんと、お兄ちゃん。課長、キスして」

身体をひねってねだる糸に、堂道は条件反射のような適当なキスを返してきただけだった。

「おま、他人事だな!」

「ええ、だって……」

「俺の立場になってもみろよ。ああ、なんでこのトシでこんな緊張しねえといけねんだよ。どんなデカイ案件よりビビるわ」

「『お嬢さんを俺に下さい』ってやっぱり言ってくれるんですか?」

「つか!大事なお嬢さんとこんな風呂とか一緒に入ってる場合じゃねえんじゃね? 出るぞ」

盛大に水を鳴らして、堂道が立ち上がる。

「ぎゃっ」

下敷きだった堂道が不意に這い出たせいで、糸はつるりと浴槽の中で滑った。一瞬だけ溺れそうになる。

「あ、ワリィ」

「もうー!」

堂道が、東京に戻ってくる日は近い。

Next 堂道、不合格!①に続く

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