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コストが安く効果的なハイブリッド戦争~『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』(廣瀬陽子)~

ハイブリッド戦争とは何かを定義せず、いきなりプロローグが始まる点に、戸惑いを感じました。定義が出てくるのは、何と24ページ目。

ハイブリッド戦争とは、政治的目的を達成するために軍事的脅迫とそれ以外のさまざまな手段、つまり、正規戦・非正規戦が組み合わされた戦争の手法である。いわゆる軍事的な戦闘に加え、政治、経済、外交、プロパガンダを含む情報、心理戦などのツールの他、テロや犯罪行為なども公式・非公式に組み合わされて展開される。


↑kindle版


あるいは95ページに書かれているように、単純に通常兵器による戦争とサイバー戦争を組み合わせたものと考えても良いようです。
……というあたりで納得していたら、エピローグで「ハイブリッド戦争の定義はなく、その言葉から想起される実態は人によってかなり異なっている。(中略)まだ概念としても定まっておらず、研究対象としても成熟していない」と書かれていて、ちょっとガクッとしました。それ、むしろプロローグで書くべきでは?


小泉悠さんの『ウクライナ戦争』にも、ちょっと違う形でハイブリッド戦争が定義されています。


ハイブリッド戦争以外にも、定義が後から出てくる用語もあり、やや読みにくいところがありました。また、同じことが繰り返し書かれてもいて、冗長な印象もあります。まぁこの点については、繰り返し出てくるから理解が深まる部分もあり、必ずしも悪くはないのかもしれませんが。


あと、地図を入れてほしかったなと、切実に思いました。地政学的事情が重要なポイントであれば、なおのこと地図は必要かと。


以下、印象に残った部分を備忘録代わりに書いておきます。


ハイブリッド戦争は、第一に低コスト、第二に効果が大きい、第三に介入に関して言い逃れができる、という多くのメリットを持っている。


民間軍事会社(PMC)

単なる傭兵ではなく、戦闘のみならず、ロジスティクスやインテリジェンスに至るまで、非常に幅広い分野をカバーしながら、国家や民間の需要に応えつつ、軍事的な活動を総合的に支える役割を担っている。


PMCを利用するメリット

①人件費の節約
②サービスのきめ細かさ
③質の高いサービス
④効率性・迅速性
⑤死の保障をしなくてよい
⑥国際的な批判を受けづらい
⑦軍事力の補填

「死の保障をしなくてよい」というのが、シビア過ぎて暗くなります。恐らく今ウクライナでも、PMCに属する人々が戦っていますよね。


「フィンランド化」とは、冷戦時代に独立を維持しながらも、国際的な中立を維持しつつ、ソ連の影響下にあったフィンランドとソ連の関係になぞらえて、自由民主主義や市場主義を維持しながらも共産主義勢力の影響下に置かれる状況を示したものである。

今回結局フィンランドがスウェーデンと共に、NATO加盟を目指すことにしたことを思うと、ロシアは結局フィンランドの「フィンランド化に」失敗したわけですね。


未承認国家(国際法的に所属しているはずの国家の主権がまったく及んでおらず、国家としての要件を備えているものの国際的な国家承認を得られていないため、主権国家とは言えないエンティティ)

これからは「未承認国家」という概念に着目して、国際関係を見ようと思います。


ぞっとしたのは「勢力圏(注:旧ソ連諸国)に対する外交の戦術・手段」の7つ目。

ロシアは「凍結された紛争」を意図的に創出し、また解決を阻止してきた。「凍結された紛争(Frozen Conflict)」とは、停戦合意ができていながらも、領土の不法占拠や戦闘や小競り合いの散発が継続し、「真の平和が達成されない状態」を指す。ただし、(中略)「凍結された」紛争は再燃可能性が高いため、近年では「引き伸ばされた紛争(Prolonged Conflict / Protracted Conflict)」などと呼ばれることが増えた。それらの際に、ロシアは相手国内に存在する分離主義勢力(未承認国家を構成)を支援することで、あえて民族間の緊張を生み出し、情勢を不安定化させた。

2014年以来のウクライナ危機は、まさにこれなわけですね。


目から鱗だったのは、「旧ユーゴスラヴィアのコソヴォ(二〇〇八年二月に独立宣言)に対する欧米諸国による国家承認プロセスは、明らかにロシアを刺激し、結果、ジョージアやウクライナ情勢に連動した」という指摘。一見別々の出来事が、連動していたとは……。


ロシアにとって、北方領土は北極海航路の終点であり、また、ロシアが太平洋に出るための重要拠点なのである。さらに、日本や韓国に展開する米軍を睨むうえでも、軍事的な要衝になっている。

うーん、北方領土、返ってきそうもありませんね。


欧米と価値観を共有できないアフリカ諸国、具体的には至言保有国で、非民主的な体制を維持し、国際的に孤立しているような国は、反テロ、反政府勢力に対する抑圧、民衆の反乱の抑圧などで、ロシアの支援を得たいと考えるケースも多い。ただ、このような「国内の抑圧」への支援などは、当然ながら、「通常の国際関係」においては許されざることである。(中略)そのため、ロシアも「国内の抑圧」などに対する支援については、公式レベルではおこなわない。このような「グレーゾーン」に対する「安全保障の輸出」は、ロシアのPMCなどが担っているのである。


世界の多くの者があたかもロシアの力でトランプが勝利したと思い込んでしまった。(中略)ロシアが米国選挙に与えた影響は、実際にはきわめて軽微であったにもかかわらず、それが過大評価され、ロシアが米国大統領選挙を動かしたという「印象」だけが世界を席巻した


長年にわたる経済制裁や国際的孤立など、多くのマイナスファクターもありながらも、総合的に見れば、かなり少ないコストで、ロシアに対する脅威感を世界に植えつけ、世界における影響力を高めることができた

何しろハイブリッド戦争はコストが安くて効果的だということが、よく分かりました。


ロシアはウクライナ危機で相当なレベルの制裁を科されてきたが、何とか耐えつつ、むしろそれをナショナリズムの鼓舞に利用し、内需拡大や輸入多角化、汚職根絶など経済を見直したことで、むしろ利を得た部分すらある。

今年の3月以降、次第にロシアへの各国による制裁は厳しいものになってきていますが、思ったより効果が出ないのは、これが理由なのかもしれませんね。


それこそハイブリッド戦争の一環なのか、これまでそれほど来なかった迷惑メールの量が、2月末以来目に見えて増えています(もちろんロシアによるものとは限りませんが)。一般人がそれに対処できる方法が、1つだけ挙げられています。

「サイバー衛生」、すなわち、サイバー攻撃者に利するような習慣を変えて、個人が自分の身を守ることがきわめて有益であるという。


現在のウクライナ危機の背景を理解する上で、大きな助けになる本です。


↑新書版


↓不十分ではありますが、今回のウクライナ情勢についてまとめた記事です。


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