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【読書】新旧の訳を比較してみた~『小さいおばけ』(オトフリート・プロイスラー作、フランツ・ヨーゼフ・トリップ絵、はたさわゆうこ訳)~

大塚勇三の旧訳と比較するため、はたさわゆうこの新訳を読んでみました。


内容は当然のことながら同じなので、違いだけ検討してみます。


・原書の絵がすべて収録されている
これはもちろん素晴らしいです。わずかにある初めて見る絵に、ちょっと感動。ただ、旧訳では絵の中のドイツ語はそのままだったのに、新訳では日本語になっているのは、どうでしょう。子どもには分かりやすいかもしれませんが、デザイン的にちょっと気になります。


・ちょっと判型が小さくなり、かつ薄くなった
新訳の方が、紙が薄いわけです。コンパクトなのは良いけど、学研版の旧訳の方が、子どもにとっては「結構厚い本を読んだ」という満足感がある気もします。


・フクロウ城、フクロウヤマ
これはオイレンシュタインとオイレンベルクのままで、良かったと思います。ましてヒトジチトッタ村とヒトジチトラレタ村って、どうでしょう。上ガイゼンフィングと下ガイエンフィングで良いと思います。
この件については「訳者あとがき」で、「城や町の名前は、ドイツ語圏の読者が抱くイメージを少しでもお伝えしたいと考えて日本語にし」たと書かれています。でも世界史の教員として、外国語の地名や人名に絵本や児童書の段階でなじんでいると、世界地理や世界史の授業が始まった時、ハードルが低くなると感じているので、やはりドイツ語のままで良かったと思います。


・木ばこ
確かに「長もち」じゃ、下手すると子どもの親たちも分からないでしょうけど、「どっしりとおもい木ばこ」となっていても、何かしっくりきません。


・けんじゅう
かえって旧訳のピストルより、訳語が古いような……。


・トルステン=トルステンゾン
旧訳はトルステン=トルステンソンでしたが、濁る方が発音として正しいのでしょう。


ワアワアさけびながら、ホールをどーっとかけぬけて、とびらのところへつめかけました。

p.52

私が旧訳で気になった、「インディアンの叫び声」のところです。非常に無難な訳でした。


・「い抜き言葉」
はたさわさんも大塚さん同様、「い抜き言葉」を使っています。まぁ地の文では基本的にちゃんと「のびている」などのようにきちんとしていて、会話の部分で「つうじてるんだろう?」のように「い抜き言葉」が使われているようですが。


・灰色のまだらもようの馬
旧訳の「灰色のまだらがある、いわゆる連銭葦毛の白馬」より分かりやすいけど、地の色が灰色の馬を思い浮かべてしまうような……と思い、調べてみたら、そもそも「葦毛(芦毛)」は灰色の馬のことでした。年を取ると、白馬になるそうです。トルステンゾン将軍(に扮したビール工場長)が乗っていたのは、まさに下のウィキペディアさんの記事の写真のような感じの馬でしょう。


・用務員さん
これなら分かります。「役場の給仕」は、ちょっとよく分からなかったので。


・レタス
「玉チシャ」はレタスだったのね。


・かえりたい病
ホームシックのままでも良かったような……。


まいあがるこな雪よりも、もっともっと白かったんだよ。

p.140

小さいおばけが、かつての自分を描写する場面です。旧訳の「粉雪の雲よりも白かったよ」は、ちょっと変だったので、良い訳になりましたね。


最後に、「訳者あとがき」から、プロイスラーについて引用しておきます。

一九二三年に、現在のチェコ共和国のリベレツで生まれました。当時は多くのドイツ人が暮らしていた町です。ちょうど大学へ進もうとしたころ、第二次世界大戦が始まり、ドイツ軍兵士として戦場へ向かったプロイスラーは、ロシアで五年間にわたる捕虜生活を送らなければなりませんでした。
戦後は、ドイツ南東部のローゼンハイム近くに住み、奇跡的に再開した婚約者と結婚すると、小学校の教師をしながら、『小さい水の精』(一九五六)や、『小さい魔女』(一九五七)などの楽しい作品を次々に発表しました。

p.182

旧訳を読み返した時点で、プロイスラーの出生地がズデーテン地方なことは気づいていましたがロシアでの捕虜生活は初耳でした。


当時、新教徒側として参戦したスウェーデン軍には、トルステンゾンという名前の将軍も実在しています。

p.183

三十年戦争についての説明の一部ですが、まさかトルステンゾンが実在とは!


おばけがあずまやで目覚める場面で「明るくすんだ音が四つ」とありますが、これは、十五分の時は一回、三十分では二回、正時には四回鳴る鐘のことで、続いて何時台かを告げる音色の違う鐘が鳴り響きます。たとえば、三時十五分なら、高い鐘の音が一回、低い鐘の音が三回鳴るわけです。

p.183

鐘の鳴る数については、旧訳の時から謎だったので、これでよく分かりました。


全体として、非常に読み易い訳でした。良い意味でクセがないのですが、旧訳に慣れ親しんでいると、ちょっと薄味かなと思ってしまいます。今年のクリスマスのブックサンタでは、新訳の『小さいおばけ』を候補にしても良いかなと思いました。


旧訳の感想は、以下の記事をご覧ください。



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