図書館の返却された本のコーナーでたまたま目につき、読んでみました。
朝日カルチャーセンター京都での講義をまとめたもので、「仏教徒は結局、『仏になる』ことだ」(p.11、以下ページ数は単行本のもの)という観点に最初は驚いたものの、読みすすめる内に納得がいきました。
以下、印象に残った箇所を備忘録代わりにまとめます。
なお二種廻向の注釈も引用しておきます。
これらはいずれも初耳でした。特に乙訓寺の像は、ぜひ見てみたいです。
ひどいことをやりますね。
なるほど。
これ、同感です。布施だからこそ、税金の無駄遣いがされないよう、監視する必要があるわけです。
私も中高生相手に布施をしております(多分)。
これ、正確に理解していなかったので、分かりやすかったです。
ここに見られるように、梅原さんは全8回の講義の中で、同じことを何度も繰り返し述べています。だからこそ、聞いている人も読む人も次第に理解が深まっていくかと思います。
これらの賢治への解釈は、なかなか興味深いです。他の箇所では賢治を「釈迦の教えを広める人として、地の中から湧いてくる地湧(じゆ)の菩薩」(p.39)と表現していました。
生徒と接する上で、摂受を心掛けたいものです。
今、ちょとずつ「使徒言行録」を読み進めているので、パウロについて学んでいるところです。
善財童子の注釈も、控えておきます。
だから渡海文殊に善財童子がいるのかー。
盧舎那仏と大日如来が同じであることも、分かっていませんでした。
最後の講義が「円空の語るもの」だったのですが、津島市の地蔵堂の千体地蔵と関市の高賀神社の狛犬は見てみたいなぁ。高山市の桂峯寺の十一面観音は、脇侍の一人が善女龍王像なのは良いとして、もう一人が本来であれば善財童子なところが今上皇帝像(東山天皇)って、すごいですね。
ところどころ、その解釈は違うようなというところもあったものの、全体としてとても勉強になりました。
見出し画像は京都の萬福寺の羅漢さんの一人です。如来はおろか、菩薩になるのも難しいですが、せめて羅漢(修行者)を目指したいものです。