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【カラオケで出会う#3】菅田将暉:まちがいさがし

まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う

「まちがいさがし」作詞・作曲:米津玄師

歌太郎は今日もカラオケでバイト。
最寄り駅から徒歩5分強で、お勤め先にたどり着く。

今日の授業は午前中にすべて終わる時間割だったので、歌太郎はお昼を軽くすました後、すぐにカラオケに向かった。着いた時は、13時45分くらいであった。

「お疲れさまです」
歌太郎は裏方に回って、先輩たちに挨拶した。

「おお」というそっけない返事がまばらに返ってきた。

「歌太郎、お疲れ」
無愛想な返事の内に、ひときわ明るい声が聞こえた。見ると、そこには輝かしい笑顔が一輪咲いていた。歌太郎と同年代の音男(おとお)であった。上から読んでも「おとお」、下からよんでも「おとお」という、シンメトリーな男である。

「音男? 今日、シフトだったか?」
「ああ、それがな、間違えて来てしまったんだ」
「おいおい、またかよ」

歌太郎は思わず笑ってしまった。音男は名前の響きはシンメトリーだし、性格もまっすぐで偏りがない。そのため人付き合いもいいし、仕事もそつなくこなす器用な男であった。しかし、彼には一つだけ、なぜかうまくできないことがあった。それは日付を覚えてるということだった。

「シフト、今日だったような気がしたんだけどな」
「シフト表はちゃんと確認しているのかい?」
「…うん。俺なりにちゃんと気をつけているつもりなんだけどな」

音男はスマホの画面をこちらに向けた。彼はバイトのシフト表をロック画面に設定していた。そこまでするか、と歌太郎は驚嘆した。

「それに、ちゃんとリマインダーもしているんだぜ」

音男は僕にリマインダーに登録された日時を見た。なるほど、直近の彼のシフトは明日の13時となっていた。

「うん。素晴らしい努力だよ。でもさ、だからなおさら不思議になってしまうね。そこまでして、なぜ君は今日来てしまったんだろうね」
「いや、頭ではわかっていたんだぜ。でも授業が終わって飯食って時計をみたら、『あ、やべ。今日シフトだった』って、ビビッと来たってわけよ。いや、そこでスマホを見て確認すればよかったんだ。だけどな、一歩でも遅れたら遅刻しそうなタイミングだったもので、スマホでもなんでも見ている余裕がなかったんだ。それに俺は大学からここまで自転車で来てるからな。思い立って、自転車を漕いでしまったら、着くまでわかりゃしないんだ。それで案の定、ここまできてやっと『またやってしまった』とわかったんだ」
「なるほど、じゃあ、その『ビビッ』とくるのが問題なのだね」
「そう、ふと『ビビッ』と来て、それが腹に落ちてしまうのが問題だね」

カツカツカツ!

外から慌ただしい足音が聞こえた。その音に、音男の耳が反応した。その頬はわずかに強張った。

「お疲れさまです〜」

転がり込むように——それでいて優雅に——裏方に入ってきたのは、星野先輩であった。ベリーショートに切られた黒髪に、黒のシャツに灰色のスラックスを吐いている。靴は黒の革靴だ。左肩にかけたベージュのトートバックが少し浮いて見えたが、全体的にシックな印象を受けた。

「あれ、音男くん?」
星野先輩は、目をつぶっても大丈夫そうな慣れた手付きでお店のエプロンをロッカーから取り出しながら、音男を横目で確認した。
「もしかして、またシフト間違えたの?」

「ええ、まあ」と音男は頭を掻いた。「今日がシフトな気がして、来ちゃったんですけど…」

星野先輩はカラカラと笑った。
「暇なら手伝ってもいいのよ、時給は出ないけどね」と言い終わらない内に、レジの方に行ってしまった。
部屋に沈黙が訪れる。音男は椅子に腰を下ろし、カバンから本を取り出した。

「なんでだろうなあ」
音男はそうつぶやき、読書を始めた。せっかく来たのだから、もう少しここにいるつもりらしい。多分、星野先輩の休憩時間まで…

「俺も行くね」
歌太郎がそう言うと、音男はページから顔をわずかにあげて笑った。

「がんばれよ」と、音男の明るい目が語っていた。

歌太郎は部屋を出る前に、振り返って音男の方を見た。シンメトリーな名前を持つ彼は、足を組んで少し窮屈そうな格好で本を読んでいた。窓からは日差しが入り、机の上を反射している。

音男の日付感覚を狂わす「ビビッ」は、たぶん星野先輩の存在なのだろう。



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