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【町内会 顛末記】自治会長というのをやってみた 9

 そんなことをしているうちに、夏祭りの季節がやってきた。Y神社、自治会長お務めデビュー、である。お控えなすって。

 当 日、18時集合だったので自宅からぶらぶらと歩いていって5分前には着いた。境内でFB友だちで同じ市内に住むAさんから声をかけられた。郷土史のことでいろいろと意見交換をしていたが、じつは直接お会いするのははじめて。市内で観光ボランティアもされているAさんは本日、氏子総代のNさんと共にやはり今日がお祭りの八幡神社から移動してきたのだという。

 いっしょに境内奥の集会場へ入って町名を伝え、教えられて半被や団扇の入った町名が書かれた袋を取ると、網にかかった獲物に近づく蜘蛛のように宮司さんがやってきて捕獲されてしまいました。学校の先生を退職して宮司を継いだばかりというからわたしよりは年上だろう。小柄で人当たりがよさそうな、のび太くんがそのまま白髪交じりになったような感じのひと。

「今回の寄付金額があまりに変わったもので」と言うので、先日寄付を持参した際にいらしたお婆さん(宮司氏の母親と思う)には説明させてもらったのですがと前置きをして、町内の収入の8割が寄付で内6割をこの薬園神社が占めていたこと、その一方で町内の掲示板は古くなってぼろぼろのまま放置され、消火器は10年前のまま、かつてはあった町内の親睦行事なども予算がなくて出来ない状況であること、これはあまりに酷いので総会及び役員会でみなの総意の下、適正な割合(3割内)に是正する事にしたこと等々を説明した。

 宮司氏は聞くだけは聞いてくれて「いろいろ事情はあって大変でしょう」と言いながらも、「わたしたちも決して利益を出しているわけじゃない、ぎりぎりなんです。お祭りもお金がかかるもので、このままではお祭りができなくなってしまう。何とかまた考えて頂きたい」と仰る。あとはおなじ繰り 返し。町内会が破綻しても神社のお祭りが大事ということらしい。わたしの中ではもう論争をする気は失せているので、まあまあ、がんばります、みたいなテキトー煙幕で幕引きを計ったのであった。(払っちまえばこっちのもんだ)

 気がついたらAさんは遠慮したのだろう、いなくなっていた。やがて各自治会長も揃って、氏子総代のNさん、ついで宮司氏が挨拶に立ち、この40年間で最高の気温らしいのでみなさん注意してもらって、などと話して会食となった。

 ビール瓶も並んでいるが、大抵の人はみずからお茶を注いでいる。食事は升目に区切られた、やや小洒落た仕出し弁当でそこそこ美味しい。うちの町内でも利用しようかと思って会社名をスマホで撮影したりする。はじめての人はこの末席に集まってきたようで、みなあまり会話はない。

 たまたま隣に、自治連合の役をしていて先日相談に行った隣町のMさんが座っていたので「この間はどうも」と挨拶をして、「この半被といっしょに入っているのは、これは鉢巻ですかね?」と訊いたと ころ、Mさんは表情を変えず「それは半被を締める紐だよ」と返答。それで会話も終わってしまった。

 テーブルの上座の方は古参の狸たちで、お酒も入り、それなりに会話も弾んでいる。宮司さんはその間をビール瓶を持って回り、狸の一人の肩を揉んだりして、営業活動に忙しそうだ。そこへ市内の一見ヤンキー兄ちゃん風看板でよく見かける市議会議員が腰を落とし手をすりすりやってきたものだから、ああこれ以上はちょっと堪え難い、外へ出てAさんと話をしてこようかと境内を探したけれど、もう帰ってしまったようだった。


 すでに参道の両側には色とりどりの出店が並び、盛況だ。本殿から集会場の前にかけて、すでに輪投げを待つ親子連れが列をなしている。町内会経由で神社から配られた券と引き換えに輪が数本もらえる。ブルーシートを敷いた地面にビール瓶が立ち並び、そのビール瓶に「スナック菓子」「パン」「昆布飴」「うどん」「日用品」などと書かれているのが景品だ。目玉は「スイカ」(一玉)と「お米」 (5キロ)。目玉以外の景品はみな地元の企業からの寄付の自社製品である。

 わたしは景品を渡す係になった。それぞれの景品名が書かれた紙を持ってやってきた親子に、紙と引き換えに景品を渡す。(他に輪投げ自体の係、現金を金券に換える係、駐輪係などがあるが、町によって従来から割り振られている) 「スナック菓子」と「パン」(菓子パン)はやっぱり人気だ。幾種類かの中から選ぶのだが、なかなか選べないで迷っている子どもや親もいて、見ていて面白い。すべてのパンをひとつづつ手に持って重さを量っている中学生の子もいた。いちばん重量があるのを食べたいらしい。

 新参もののわたしは、立ち位置的に自然といちばん奥の「日用品」担当となった。「日用品」は人気がない。置かれているのは水色のプラスティックのコップ、企業ロゴの入った手ぬぐい、プラスティック の鉢、ピンク・水色・白のプラスティックの洗面桶、そしてプラスティックの積み重ね式書類ケース、である。毎年おなじもののようで、「また、これか」という溜息も何度か聞いた。

 確かに魅力があるとは言い難い。きょうび百均でも、もう少しマシなものを売っている。いわば「どれも大して欲しくないものから選ばなければいけない」究極の選択である。「お母さんは手ぬぐいがいちばん使えていいんだけどなー」 「こんな会社名の入った手ぬぐい、いや」 そうして女の子は積み重ね式書類ケースを手に取る。「それはひとつじゃ、意味がないよ」 「これがいいの!」 わたしはもう苦笑するしかない。

 それでも何とかこの欲望指数ゼロ度に近い景品たちを少しでも良く見せようと、例えば洗面桶を選びやすいように色別にきれいに分けて、なおかついちばん上の桶を斜めに起して置いて見栄えをよくしたりとか、いじましい努力を続けていたのであった。


 やがて本日分のスナック菓子とパンが底をつき、どうやら輪投げが終了したようだ。パンの券と実数がどうも合わなかったようで後半、パンがもうないのにパンの券を持ってきた人に「すみません~ パンがもうなくなっちゃったんで、他のもので」 とお願いする。はじめパンが底をついたとき「どうしますか?」と近くの古狸に訊いたところ、その隣町の狸は「どうするんだろうなあ~」と歌でも歌うように闇の中へ消えて行ったのだった。

 そんな状況になっても、わが愛する日用品は相変わらず人気がない。殆どの人は仕方なくうどんや昆布飴を持っていってくれるのだが一人だけ、パンの券を5枚持ってやってきた小さな男の子を連れたお母さんがどうしても納得してくれず、 最後はのび太くんの宮司氏が自宅の方からおそらく明日の分で用意していたパンを持ってきて渡し、子どもの頭を撫でながら「これに懲りず、また明日も来てね ~」と懸命のクレーム処理を続けていた。最後までむすっと不機嫌そうな顔を続けていたその女性をよくよく見れば、わが家の隣家のOさんの娘さんだった。

 わたしたちの仕事が終わったのを見て、屋台のおばちゃんがカキ氷をもってきてくれた。風をほとんど通さない半被がクソ暑いので、その冷たいカキ氷のおいしかったこと。紙コップを捨てに行って、何の指示もないので山のように詰まれた日用品をぼんやりと眺めていたら、先ほどの歌うたいの古狸がすっかり私服に着替えて、涼しげに帰っていくのが見えた。少し離れた場所で煙草を吸っている別の狸に「まだ居たほうがいいんですかね?」と訊くと、「ん? もう、帰っても いいんじゃないか。分からんけど」

 さっさと集会場へもどり、だれかと雑談をしていた氏子総代のNさんに「明日は副会長が代わりに来るんでこの半被、汗だらけなんで持って帰って洗濯しても構いませんか」と尋ね、それからどこかの町の自治会長らしいおっちゃんが案内してくれた拝殿のところで景品の「うどん」 と「昆布飴」をもらってやれやれ帰宅したのだった。


 なお寄付金については後日談があって、翌月曜の祝日に交替で行ってくれた副会長のSさん(わたしより年長だが、わたしよりガタイのいい元車屋の地元のおっちゃんだ)が集会所に入ったところ、またしても例ののび太宮司氏がやってきて、おなじ話をし出したという。

 それに対してわが副会長は「なら、はっきり言わせてもらいますけどな。うちが町内の総会で場所を借りたいと言ったとき、さいしょは一万円と言われて、それは高いと言ったら次に5千円になって、なにが氏子かと思いましたわ。神社もいろいろあって大変でしょうが、うちとこも年寄りにいろいろやってやりたいし。まあ、お金があまってあまって仕方なくなったら、考えさせてもらいますわ」と言ってやったそうな。

 そして輪投げが始まってからも「日用品」景品係のSさんのところへ宮司氏はたびたびやってきて、「場所代についてはわたしも継いだばかりで紙に書いてあるとおりに言ってしまって」「今後はお金はもらわないことにしましたので。代わりに気持ちだけ頂くということで」云々としゃべり続けていたそうな。

 Y神社、只今緊急事態宣言発令中(たぶん、知らんけど)。



以下の内容で、連載を予定しています。
第一部 【町内会 顛末記】自治会長というのをやってみた
第二部 【町内会 顛末記】町内会を殲滅し廃墟の中から真実の自治組織の出現を待とう
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