なんとか夜通しで締め切りに間に合わせて書類を提出できたからか
それとも心に留めて言葉に出せずに一人抱え込んでいたことを話せたからか
(話せただけで問題解決はこれからなんだけど)
それとももうすぐ節分で本当の意味で新しい年がやってくるからか
適当な理由を探しながら自分の気持ちが前向きになるようにマインドコントロールしようとして心と身体を元気にしてみる。
どんな時も
どんなことも
人は都合の良い解釈をする。
誤解が生まれないようにするにはいちいち詳細を確認する必要がある。
それを怠ると解釈の相違が生まれる。
お互いに気を付けないといけないのだけれど、
どうしても気を付ける割合が多いのは責任を多く負う方なのだ。
私は、眼に見えないものはあまり好きじゃない。
スピリチュアルとかはどちらか言うと苦手な方。
だけど、そこに確証や言ってる人への信頼関係、目の前で起こる信じがたいことがあれば信じないわけではない。
一般的なレベルで神社にお参りはするし、5日には三輪恵比寿にお参りに行こうと計画している。
私の悪い癖だか信頼関係が築けたと思えたら、ある意味盲目になってしまう。「大丈夫。」って思ったり、
「そんな風にはしないだろう。」とか。
で、時々痛い目に合う。
解釈の相違が出ていることに気が付かないのだ。
小さな解釈のずれはお互いにコミュニケーションを取ることで見つけることができる。
信頼関係が築けているのだから、そんなベタベタしないし、誤解の確認をするなどとは考えも及ばない。
そもそも信頼関係はほとんどの場合ご近所づきあいのようにもろくて
ややこしいのだ。
強靭な信頼関係で結ばれている人はおそらく両手で余る位か?
いやそれはちょっと失礼かもしれないから両足も入れておこう。(笑)
解釈の相違が招く思いもよらない出来事。
そんなことを今まだに思い知らされる。
なんという私。
未熟さが招いたことなのか?
はたまた
そんなことは一般社会でも当たり前に起きていて防ぎようがないのか?
あー、そんなこと言ってる場合じゃない。
WISC検査解釈しないと(笑)
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