見出し画像

神社でラップ

きっかけは一枚のオラクルカードだった。

『日本の神様カード』大野 百合子

”大屋毘古神(おおやびこのかみ)、別名:五十猛命(いそたけるのみこと)”
木と家屋の神様で、多くの木の種を携えて地上に降りてきたとされる。

テーマ
現実は自分のうちに在る
出来事に反射的に取ってしまう行動を観察して、自分のパターンを手放す

「樹木はただそこに在り、体験します。
天と地の間で調和をとりながら、外に起きている出来事を個人的に受け止めはしません。日照りが続いてもそれを自分のせいとは思わないでしょう。」

『日本の神様カード』大野 百合子より一部抜粋

祀ってある妙見(みょうけん)神社が自宅から行けると知り、これは行かねばとさっそく地図で探す。

近くて遠いご近所

お詣りが好きで時折足を運ぶけれど、車のない生活では電車、バス、歩きを組み合わせることになる。往復の時間と境内で過ごす時間どちらも頭に入れて、「この時間なら〇〇分には出ないと」という時間の編集作業が通過儀礼となっている。

妙見神社には電車とバスで行けると判り、ご近所にちょっと足を伸ばすくらいの心づもりでいた。

しかし30分乗る予定のバスで、20分を過ぎた辺りから、乗客が若い女性とわたしだけになった。バスが角を曲がるたび道路が狭くなり、そのぶん畑がひろがってゆく。高い建物は見当たらない。間隔を空けて一軒家が建っているから光も遮らない。店はもっぱら平家だ。電車の最寄り駅からは確実に遠のいており、住むひとは車が必須なのだろう。
わたしが停留所で降りると、バスは運転手だけになった。

公式名称は五十猛(いたける)神社

停留所でGoogle Mapを開く。
停留所からは歩いて5分とあるが、目印になるような建物は見当たらない。道を折れるたびに川が流れている。

「シャッタースピードを速くすると動いている川の水が止まったように映る」

ネットで仕入れた知識を試したくなってカメラを構えた。
何パターンか撮った写真をモニターで見たかったが、モニターが光って肝心の違いがさっぱり判らない。天気が良いのが仇になるなんて。
しかも撮った写真が見当たらない。どこいった。消したのか。

民家の柵にもこれより小さいものが掛っていた。虫かごではなさそう

民家のあいだの一方通行は、それとわからぬくらいのゆるやかな坂になっていた。
キョロキョロしながら歩いても、バス停から5分あまりで「妙見(みょうけん)神社」の文字が見えた。
手前には駐車場とも空き地ともつかぬ場所に草がぼうぼうと生えている。その向かいには土木作業をしている二人組の男性がいた。

お賽銭はおにぎり

樹木の神様の名のとおり境内にはイチョウ、スギなどの保存樹が植わっており、その周りには竹が根を張っていた。

いままでお詣りしたなかで、いちばんワイルドな神社だった。
神社も寺も、どちらかというと整然とした空気が充満しているところだと思っていたが、境内と森の境い目がなくて、動物の侵入をふせぐのか、神社の上のほうには金網が張ってある。その金網も、ところどころ破れているのだ。

平日の昼間という時間帯もあるにせよ、境内にいた約1時間、わたしはたったひとりだった。これだけ長い時間ひとりで境内にいたのは、はじめてかもしれない。

お詣りをしておどろいたのが、お賽銭箱にコンビニのおにぎりが置いてあったこと。

しかも、お赤飯。

当然お賽銭箱にははいらず、隙間に堂々と鎮座している。ものすごい存在感だ。

日が落ちたら動物に獲られるんじゃないかと思いつつ、どこかへ放ることも勝手に持ち帰るのもはばかられ、そのままにしてしまった。
どうなったんだ、あのお握り。

虫には楽園

すたすた歩けば5分で回れる境内だが、実際歩いてみるとやたらと生きものを見かけるのだ。
慄いたり近づいてカメラを構えたり下から眺めたりしていたら、気づけば30分ちかく経っていた。

真ん中の蜘蛛の糸に葉がくくりつけてある

この日よく見かけたのは、蜘蛛。
住んでいる部屋が1階のせいか、家でも時折蜘蛛がはいってくる。そのたび冊子やA4のクリアファイルですくってベランダに出しているが、せいぜい小指の爪ほどのおおきさだ。

この日境内で遭遇した蜘蛛たちは親指の長さくらいある大物ばかりだった。足も異様にながい。体のみならず足の縞模様まではっきり視える。

糸で木の葉を巣に器用に巻きつけている様に惚れ惚れしていると、そばで身じろぎひとつしない大きな蜘蛛がいて思わず後ずさりする。こちらが主(あるじ)を素通りするのを静かに待つような佇まいに、身体の大きさでは負けていないはずが勝手に敗北した気になる。

手入れされた花壇ではなく野の花の黄色が、地上で場ちがいのような輝きをはなっていた。

WILD WILD 妙見

うすい青みのある羽根の蜻蛉

蜘蛛以外にも蜻蛉やら蝿よりおおきな黒い羽虫を見かけた。
境内とその向こうの山のあいだに、境い目らしきものは見当たらない。道らしき道もなく、足をすべらせたらそのまま土の斜面を転がり落ちるだけだ。

市の保存樹が境内に20本以上あり、あえて手を入れないのは行政の方針か。次から次への虫が飛んできて、野生をそのまま留めているその様に、なぜだかウィル・スミス(Will Smith)の"Wild Wild West"を思い出す。

1999年公開のハリウッド映画『ワイルド・ワイルド・ウェスト』の主題歌で、主演のウィル・スミスが歌っている。葉のこすれる音が時折するくらいの境内に、ノリのいいラップはそれこそ場ちがいだ。でも一旦浮かんだら最後、頭からこの曲が離れない。
曲のサビ ”WILD WILD WEST"のリズムそのまま”WILD WILD 妙見(みょうけん)"に変わり、脳内でずっと鳴り響いていた。

神社でラップ。

いま思うと、なぜ踊らなかったのか。無人だったのに。

はじめてMVを通して観たが、マイケル・ジャクソンの『Smooth Criminal』のMVに捧げたようなシーンがあったり、2:50には心底楽しそうなステーヴィー・ワンダーが映っている。なにより、190cmちかいウィル・スミスの白スーツ姿が見栄えのすることよ。

天井の絵馬

閑話休題。

この神社では、お賽銭箱が社のなかにある。はじめての経験だ。
靴のままあがるのは憚られた。誰かに聞こうにも、宮司さんも見当たらない。社務所がそもそもない。結局、階段をあがり切ったところで靴を脱いだ。

社には椅子もなにもない。お賽銭箱だけがある。埃ひとつ落ちていないけれど、だれが箒をかけているのか。隅っこには一升瓶やカップ酒が並んでいた。

黒田官兵衛の家臣のうち精鋭人を描いた「黒田二十四騎」など25点の武者絵や絵馬が奉納されています

HP『西区の宝』より

黒田二十四騎は「くろだにじゅうよんき」と読むらしい。
天井は絵馬や干支の絵などでびっしりと埋まっていた。いま思うと、寝っ転がって眺めてみたら気持ちよかったかもしれない。罰当たりかしら。
黒田官兵衛・長政に仕えた家臣には、24人も精鋭がいた。20人以上優秀なブレーンが居たって、多くないか?

カメラにおさめたは良いが暗い

祀られている神さまや「〇〇縁の地」「総本山」など壮大な枕詞も魅力だけれど、バスの窓に射し込んだ光や帰りに寄ったパン屋を囲む山など、この日は思わず立ち止まった景色が記憶の骨子になった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?